「すみません、私のせいで狭くなっちゃって」

「とんでもない。俺こそこの前の家具屋ででかいベッドでも買っとけばよかったよ」

「でもあの頃は付き合うなんて全然思ってませんでした」

「それは確かに。でもお互い意識してたのかなーと思うと、さっさと動かなかった自分が恨めしいね」

 暗くても、目が慣れて成瀬さんの顔はそれなりにハッキリ見えた。こんなに近くで彼を見ている。

 やっぱり不思議。未だに、嬉しさよりも信じられない気持ちの方が強い。目が覚めたら全部夢だったんじゃないか、と思ってしまうくらい。

 あの成瀬さんとどうしてこうなってるんだろう。仕事中は誰も敵わないくらい凄い人だし、プライベートは恋愛なんて出来そうにないグダグダ人間で、どちらにせよ私と付き合ってくれるなんて考えられない。

「なんか信じられないよね」

 私が考えていたところにそんな言葉が聞こえてきたので驚いた。こっちが言おうとしていたセリフなのに、心を読まれたみたいだ。

 成瀬さんは仰向けになり、天井を見つめながら言った。

「あのさー佐伯さんって一体俺の何がよかったの? 絶対変じゃん、俺ダサいとこしか見せてない気がするんだけど」

「ええ?」

「ちゃんと食べなさいとか、明日はゴミの日だから出しなさいとか、髪乾かしなさいとか、そんなことばっか言われてたのに」

 つい吹き出してしまった。そう言えばそうだ、まるで母親と子供の会話みたい。だけど、私が抱いたのは母性ではない。いやそれもちょっとあったかもしれないけど、それだけではない。

「私が悪者になった時、庇ってくれました。失恋で悲しんでるときも励まされました。落ち込んでるとすぐ気づいてくれました。
 仕事の時とプライベート、違うところも大きいけど、ちゃんと成瀬さんだなって感じる部分もたくさんあります」

「それ前もちらっと言ってくれてたけど、佐伯さんは変わってるよ」

 成瀬さんはぐるりと体制をかえ、私の方を向く。どこか優しい目で私を見ている。