「いいえ。それにしては……そうだ、奥様はお元気でしたか?」

 車のミラー越しにこちらを見て聞いてくる。
 母は柿崎を可愛がっていた。柿崎は母が英国へ療養に行くと決まったとき、会えなくなるのを本当にさみしがっていたのだ。
 
 柿崎の母もやはり実家で働いていたが、柿崎が中学の時に早世した。それ以降、黎の母親は柿崎を自分の子供のように気を遣い可愛がってきた。そのせいもあるだろう。

 「ああ、元気そうだったよ。やはり、東京より自然が多いし、人に揉まれた生活から離れたからそれが良かったんだろう。今度の休みにでも一緒に行くか?」

 柿崎はじっと考えていたが、静かに答えた。

 「奥様のためには、黎様が元気でいること、お仕事を私が微力ながらお手伝いすること、そのことが一番です。もちろん、一度機会があれば伺いたいとは思っています。奈津も一緒にご挨拶したいので……」