そういう素の部分を見せてくれるのが自分だけだと神楽は優越感に浸っていた。今日はさっきのことを問い詰めるのは無理そうだと思い、すぐにホテルへ送っていった。

 その頃。黎は会場を後にして、タクシーの中で握手をした手をじっと見つめた。そして、その手を握るとほくそ笑む。こんなに満足したのは、最初の仕事がうまくいったとき以来かもしれない。だが、胸が高鳴るのは初めての経験だった。

 もしかすると、これはやっぱり俺の初恋かもしれないなと苦笑いする。
 
 いい年して、初恋もあったものではない。
 黎は学生時代に一時期付き合っていた彼女がいたが、相手がやはり音楽好きで話をしていたら向こうが勘違いをして猛アプローチしてきた。若さも手伝って関係を持ったが、彼のバックを知るとより執着してきて、黎はすぐに冷めてしまった。
 
 思い返せばまあ、そんな彼女を好きだった時期もあるはずだと思っていた。

 しかし、今日わかった。あれは好きというのとは違っていたと。好きとはこういうことなんだと、何をしていても彼女の顔が浮かんでくる。虜になるということなんだと分かった。

 要は片思いが初めてだったのだが、そんなことにも気付かない黎はどうやって彼女を自分のものにしたらいいかでしばらく頭がいっぱいだった。