「百合。もう大丈夫だ。父は、今日のことでおそらく契約結婚は破棄して本当の夫婦になることを認めてくれるだろう。安心していいよ」
涙に濡れた目を大きく開いて、百合は黎をじっと見た。
「……そうかしら。まだ私、何も出来ていない。無理矢理お母様が説得してしまったみたいで、お父様はきっと納得されてないんじゃないかしら」
「いや。父は母の言葉は素直に聞くと思う。それに、君のことも評価しているようだと柿崎達が言っていた。居丈高なお嬢様気質の女性よりずっと君の方が謙虚で従順だと思っているだろう」
「……そういうことじゃないんでしょ。嫁がピアニストであること、生い立ちを含めて反対されているんだもの」
「百合。俺が愛したのはまぎれもなくピアニストである百合だ。そうじゃない君を愛していたかどうかさえわからない。それに生い立ちなんて本人が選んだものではない。俺が御曹司と言われる立場なのも、そこに生まれただけのこと。何も偉くなんかないんだよ」



