ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない


 黎は驚いた。だが、嬉しかった。長い間会えずにいた恋人達は自然とそこでスイッチが入った。

 キスをしていたら離れられなくなり、黎はそのままベッドへ彼女を連れて行った。すぐにお互いの服をもぎ取るように脱がせると、あっという間に抱き合って夢中になった。しばらくすると百合は帰国の疲れもあって、黎にしがみついたまま眠ってしまった。黎はそんな百合の髪を撫でながら、どうするべきか真剣に考えはじめた。

 夜中に目が覚めた百合は、隣に彼がいないのに気付いて、驚いて身体を起こした。彼に捨てられたのかと怖くなった。ガウンを身に纏い、ベッドを降りて、急いで部屋を出た。

 彼はピアノのあるサロンにいた。そして、窓の近くに立ち、グラスを片手にじっと夜景を見ていた。
 百合は声をかけられず、ピアノに座ると蓋を開けて弾き始めた。黎は初めて音を聞いて振り向いた。そして、その曲を静かに聴いている。

 「……ヴォカリーズだね。ラフマニノフの歌曲」

 「ええ、そう……今の私の心にこの曲が浮かんだ」