柿崎はうなずいて、百合のスーツケースを乗せた大きなカートを代わりに引いた。そして、柿崎は神楽に綺麗な会釈をした。
神楽は百合の決意を見て、何も言えなかった。ふたりがいなくなるのを呆然と見ていた。
マンションへ行くまで無言だった。柿崎は彼女を間近で見たのは実は初めてだったが、憂いのある美しさに今まで見た女性とは全く違う魅力を感じた。確かに、彼女と同じタイプの女性は黎の周りにいなかったように思う。
彼の母親も憂いを漂わせていたが、それは父親である社長の色々な事情による心労からくる憂いだったかもしれない。それに、やはりお嬢様だったのでどこか気位を感じさせるところがあった。
それに対して、百合は空港での話し方を見ていても、構えたところがなく、普通の女性に近い。だがやはり人の前で演奏するのだから、きっとその時は何か違う人になるのだろうと思った。
外を眺めて頬杖をついているのがフロントミラーから見える。確かに美しい。果たして、あの準備したものを彼女が素直に了承するのか、見てみたかったがそうもいかない。



