彼女は何事も初めてだ。おびえさせたくない。両思いになったんだから、ゆっくり彼女を堪能する。彼女を起こしてやり、手に鍵を握らせた。

 「いつ来てもいいようにしておくから、気にしないで来てくれ。俺に連絡する必要もない。練習したいときに来ればいい」
 
 彼女はうなずいた。

 「わかったわ。私もベートーヴェンのソナタ全曲演奏の練習で使わせてもらうわ。ありがとう」

 「これからは、練習だけでなく俺に会うためこの部屋へおいで。人目を気にしなくていいだろ?連絡をくれれば出来る限り会いに来る。俺も百合に会いたいときは連絡するからここへ来て……もう百合は俺の恋人だ……他の男をその目で見るなよ、いいね」
 
 黎は百合の気持ちに気付いていると百合は思った。外で一緒にいるところを見られて、噂になるのが嫌だという気持ちを。
 自然と彼が近寄ってくるから目を閉じる。柔らかいキスが落ちてきた。
 心に広がるうれしさとときめきが百合を包んだ。食事を終えるとタクシーを呼んでもらい、そこで別れた。