ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない


 軽食とつまみを口にしながら、百合が話し出した。

 「お母様は、ピアノを本格的にされていたんですか?」

 「……いや。趣味だったらしい。でも好きだったね。そこそこ弾けるんだろうな」

 「こんな素敵なピアノ、趣味で買えるだけでもすごいわ。お母様の嫁入り道具?」

 「いや、母の実家にも多分ピアノがある。これは、結婚後父に頼んで買ってもらったんだ。家にあったんだが、母が父と喧嘩して、別居したくてマンションを借りてしまってね。ピアノをこちらに移した。いつでも好きなときにきて弾けるように。精神的なリセット場所だったらしい」

 百合はその話をじっと聞いていた。おそらく、何か事情があるのだろう。それ以上聞くべきでないと思って、聞かなかった。
 黎はそんな百合の気持ちに気付いたらしく、黙っている。