ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない


 百合はそう言うと、黎と目を合わせず、ひとり背中を向け入り口へ歩いていく。黎は彼女の肩を触ろうとしたが、彼女から出る拒絶するような冷たい姿勢に手を下げた。

 演奏は素晴らしかった。彼女は終わってもひと言も口をきかない。出口で駅へ向かおうとする彼女の腕を引いて引き留めた。

 「百合さん」
 
 「……はい」
 
 「この後、連れて行きたいところがあるから、一緒に行ってくれるよね?」
 
 「……いえ。今日は帰ります。黎さんの周りの方に誤解を招くようなことがあっては申し訳ないわ。私、今まで考えなしでお誘いに付いてきてしまってごめんなさい」

 黎は、彼女の腕を握る手に力が入ってしまった。つい、声を荒げた。