築三十年、六階建の二階。駅から徒歩十分の2DKは家賃が九万円。古い建物だけど中はリフォームされていて意外に綺麗だった。

 優菜の父、松本結城は子供が出来たのをキッカケに一切のギャンブルをやめた。周りの人間は大層不思議に思ったそうだ。しかし当然事情は説明出来ない。

 ギャンブルをしなければ元々は倹約家。真面目に仕事をする性格の良いイケメンに早変わり。

「よーし、こんなもんだろ」

 ゆうくんは引越し用の段ボールから出した服や食器を雑にしまって胡座をかいた。この辺のテキトーさは返って好感度がある。

「よく都合よく空いてたね?」

「ラッキーだったよ」

 彼は私たちが引っ越してきたマンションの六階にやってきた。危険だとは思わない、すぐに逢える嬉しさが勝った。

「優菜は実家?」

「うん」

 マンションから歩いて五分、実家に預けた娘に逢えなくて彼は少し不貞腐れていた。

「仕事どーしよっかなあ」

 引っ越し資金でわずかな貯金は底を尽きた。

「在宅ワークとかは?」

「うーん……」

 真っ先に考えた。フリーライター、ウェブデザイナー、イラストレーター、ブロガー、翻訳、投資家。どれも特殊な技能が必要で私には出来ない。

「なにも正社員になる必要はないんだからさ、何だったら俺が出すし」

 私に必要なのは家賃、光熱費の半分と生活費。それだけ有れば取り敢えずは事足りる。ゆうくんはそれくらいなら出せると以前も提案してきた。

「ダメダメ、そこまで甘えらんない」

 夫と暮らす家賃や光熱費をゆうくんに出してもらうなんて絶対に嫌だ。そこは自分で何とかしたい。

「別に良いのに、夫婦なんだから」

 ゆうくんの中では早くも夫婦になっていた。

「ありがとう、その気持ちが嬉しい」

「飯にしようよ、腹減った。ウーバーで良い?」

「うん」

 私たちは迂闊に外で食事をするわけにはいかない、ここは地元。誰に会うかもわからないから。

「オマタセシマシター!」

 片言で話す東南アジア系の若い男が四角いバックからマクドナルドの紙袋を手渡してきた。

「ご苦労様です」

 そう言いながら去っていく配達員の後ろ姿を見送った。

 ウーバーかぁ。

「ねぇねぇ、ウーバーって時給良いのかな?」

 チーズバーガーを頬張るゆうくんに質問した。

「うーん、分からないけど安そうだよな」

「私も自転車なら乗れるし、この辺だと沢山注文ありそうじゃない?」

「え、優香がやるの?」

「決まるまでの繋ぎでやってみようかな」

「うーん、まあダイエットにも良さそうだしな」

 そう言ってゆうくんの視線はビックマックを食べる私のお腹あたりで止まった。

 妊娠して太った私を蔑むような視線はどことなく夫のそれに酷似していて寒気がした。