「毎週火曜日は残業ってなんだよ」

「なんだよって、頼まれたから。もしかしたら正社員になれるかも知れないし、チャンスなの」

 昨日の夜、話した時には気持ちよく「頑張れよ」と言ってくれた夫。一晩経つと忘れてしまう。チンパンジーくらいの脳しか無いのかお前は。

「正社員なんつってもカスみたいな給料でサービス残業までやらされるんだろ?」

「残業はほとんどないし、本当に火曜日だけだからさ。お願い」

 手を合わせて懇願する、思えば夫に何かを頼むなんて初めてかも知れない。

「お前さあ、不倫してるんじゃねえだろうな」

「し、してないよ。どうして?」

 声が上ずる、手が震える。

「お前のスマホ出せ」

「え?」

「え、じゃねえよ。スーマーホー!」

 バンバンバンっとテーブルを叩く。

「そーゆうのは干渉し合わないって……」

「時と場合によるんだよ、ほら、俺の好きなだけ見ろよ」

 あらかじめマズイメッセージは消してるんだろうが、この卑怯者が。

「さっさと出せオラー!!」

 ビクッと肩が震える、静かにロックを解除したスマートフォンを差し出した。

「ふんふん」

 バカが、何も出てこねえよ。恒くんとのやり取りはSNSを使ってる。しかも裏アカ。お前は一生辿り着けない。私たちだけの聖域。

「お前……。友達いないんだな」

 ほっとけ。

「電話変わったやつ、なんだっけ? 藤原?」

 心臓が跳ね上がる、平静を装いながら「うん」とだけ答えた。

「急な出張? 正社員がコロナ? いきなり派遣社員なんか連れて行くってどんな会社だよ。その藤原ってやつもぺこぺこ謝ってやがったけどよ、何あいつ、ジジイ?」

「三十六歳だけど……」

「オッサンじゃねえかよ。段取りもちゃんと組めないからそんな事になるんだよ、使えねえオッサンだなぁ」

「……」

「仕事できねえだろソイツ、俺くらいになると声で分かるんだよ。しかも禿げてるとみた!」

「……」

「禿げて仕事も出来ないダメ社員、どう? ビンゴ?」

「――まれ」

「ん?」

「謝れ……」

「ハァ? 何言っ――」

「謝れ!!!」
 
 歯を食いしばって夫を睨みつけた、離婚? 上等だ。許さない、恒くんの悪口は許さない。絶対に。

「落ち着けって、どうしたん――」

「すごく良い人なの! すっとろい私の面倒も見てくれる、いつも助けてくれるの! 派遣社員て肩身狭いの!! それでも全然差別したりしない人なの。やめて! 私の会社の人。悪く言うの」

 なぜかポロポロと涙が溢れる。パタパタっとテーブルを濡らした。

 この件で彼女を派遣切りなんてしたら、僕は訴えますよ――。

 嬉しかった。上司に逆らって、自分を犠牲にして私を護ってくれたこと。誰も助けてくれない私を。

「疑うんなら、別に離婚してもいいから」

「ちょっ、離婚て――」

 言い終える前に立ち上がり、私は家を飛び出した。何も持たずに、何も考えずに。