「もう一件行こう、もう一件」

「すみません、帰って食事を作らないと――」

 店を出て、断ろうとしたところでスマートフォンが震えた。ラインのメッセージ、夫から。

『今日はご飯いいや、接待でおそくなる』

「おっ! ご飯いらないってさ」

 後ろから覗き見ていた彼が満面の笑みで話しかけてきた。時刻はまだ六時過ぎ、もう少しくらいなら良いか。

「かんぱーい!」

 二件目はなぜかもんじゃ焼き、立ち飲みだったから座れるのはありがたい。慣れた手つきでもんじゃ焼きを作っていく。やっぱり綺麗な手。

「で、いつ離婚するの?」

「え?」

 あれ、離婚するって言ったっけ? いやいや、絶対に話してない。そこまで酔ってない。

「なーんてね、離婚したら俺にもチャンスがさ、なんてね」

「部長って、酔うとキャラ変わりますね」

「こっちが本性、会社じゃ猫かぶってます。女子社員多いから」

 私も女子社員です、派遣だけど。

「こんなところ他の女子社員に見られたら刺されますよ私」

「ハッハッ、何が良いのかね? こんなオッサン」

 芸能人と言っても差し支えないルックス、将来のポストが約束された実績、噂によると次男。よく聞くと声まで素敵だ。なるほど、こりゃ争奪戦だ。

「自覚がないところじゃ無いですか?」

「井上さんに言われると心外だなぁ」

「私は自分のことをよーく分かってます」

「へー」

 平凡な見た目に付随した平凡な能力、何をやっても特筆することの無い普通の女。既婚、ただし期限付き。

「あ、出てますよ。お気に入りが」

 店内の壁に取り付けられた、油まみれのテレビに映るのは缶チューハイを美味しそうに飲んで笑顔がアップになる優香、かわいいけど彼よりも年上? 年上好きなのかな。知らんけど。

「え、どこ?」

「ほら、テレビです」
 指をさしたがすでに次のCMに切り替わっていた。

「好きなんですよね、優香?」

「好きだよ、優香」

「え?」

「え?」

 話がまったく噛み合わない。

「てゆーか……。あっ、またゆーかって。なんか流れで告白しちゃったよ俺」

「え?」

「ま、いっか」

 良くない、良くない。好き? 私の事が? このテレビから飛び出してきたような二枚目が? なんで?

「あー、でもスッキリした。ずっと片想いだったからさ」

 勝手にスッキリするな。なんて返していいか分からない、顔赤くなってないかな。

「俺が勝手に好きなだけだから、良いかな?」

「は、はい」

「良かった、迷惑ですとか言われたら来週から会社行けなかったよ」

 それから私は頭がぼうっとして、浴びるように酒を飲んだ気がする。彼の綺麗な手を眺めながら。ずっと――。