それにしてもまだかしら。パーティーが始まってずいぶん経つのに。
 一大イベントが起きない。心待ちにしていると、視界の端で素早く動く影を見た。
 小さな体は俊敏で、淑女たちの豪華なドレスの裾の間をすり抜け、あっという間にバルコニーに消えた。

「猫、きっと猫だわ!」
 一瞬だったけれど、幻なんかじゃない。一月ぶりに猫を見られて、感動で扇子を持つ手が震えた。
 ネズミや他の小動物ではない。両手に収まるほどの大きさだったからきっと仔猫だ。三角のかわいい耳に、長いしっぽは麦の穂のような金色でふさふさしていた。
 なぜここにいたのかはわからないけれど今はとにかく触りたい。いや、もう一度その姿をこの眼に映したいと、引き寄せられるようにバルコニーに進む。

「ジュリア令嬢。どこへ行くつもりだ」
 呼び止められ振り向くと、レオンとユリアがすぐ傍にいた。猫に気を取られ近づく二人に気づかなかった。
 無視して猫を追いかけようかと思ったけれど、待ちに待ったイベントが発生したんだと気づいて留まった。レオンと向き合い姿勢を正す。
「この国を繁栄に導く聖女が現れた。ジュリア、君との婚約は……白紙に戻す」
 ジュリアが反応するより先にユリアが声を上げた。
『王子さま、それはだめって言ってるでしょう? ジュリアさまがかわいそう』
 うん、台詞一語一句、記憶どおり。きたわ! やっと始まった。『悪役令嬢、追放エピソード』!
 ジュリアは気持ちを落ち着かせるために、こほんと咳払いをした。胸を張り、王子をじっと見つめながら訊いた。
「つまり私は、もう、王妃教育を受けなくても良いのですね?」
「そういうことにな……、」
「ありがとうございます。婚約破棄、喜んで承諾いたします!」
私はこれまでの王妃教育の成果を発表する気持ちで、柔らかな笑みと完璧な膝折礼(カーテシー)を披露した。