「それに私、彼の悲しむ顔を見たくなくて」

 自分で口にして気づく。
 なのに私は、彼を叩いて「大嫌い」なんて言ってしまった。
 大きく見開かれた金の瞳を思い出して、ぎゅっと空いている方の手を強く握り締める。

「陛下と聖女様の結婚式はいつになるだろうなぁ」
「!」

 どこからかそんな声が聞こえてきて顔を上げる。
 すぐそこのお店からみたいだ。店の外には酒樽や酒瓶がたくさん置かれていておそらく酒場なのだろう。
 エルに手を引かれ中に入ると、カウンターで数人の男たちがお酒を呑みながら楽しそうに話し込んでいた。

「きっと盛大に執り行われるんだろうなぁ。やぁ楽しみだ」
「しかし聖女様がこっちの世界に戻ってきてくださって本当に良かった」

 私は目を見開く。

「なかなか陛下の良い話を聞かないと思ったら、まさか聖女様を待っていたなんてなぁ」
「俺ァ陛下には幸せになって欲しい! あの若さでここまでこの国を盛り立ててくださったんだからな」
「俺はもし聖女様にお目にかかれたら言うつもりだぜ。俺たちの竜帝陛下をよろしく頼むってな!」
「お前そんなこと言ったら不敬罪で取っ捕まっちまうぞ」

 その場は笑いに包まれて、私たちはその店を後にした。

「愛されてるねぇ、竜帝くんは」
「……はい」
「聖女様もね」
「!」

 エルが優しく微笑んでいた。

「君は、命を懸けてこの世界を救ったんだ。もっと自信を持っていいんだよ」

 空はいつの間にか綺麗な夕焼け色に染まっていて。

「さて、そろそろ戻ろっか」
「はい」

 私は紅く染まった『竜の城』を見上げて頷いた。