「眠れないんですか?」

 私が声をかけると、その小さな背中がぴくりと跳ねた。

「……あぁ」

 こちらを振り返りもせずに、でもちゃんと返事は返ってきて私はその少し後ろに腰を下ろした。

「私もです」
「……」

 少しの沈黙。
 夜の森の中は、虫の鳴き声や正体不明の生き物の鳴き声が絶えず響いていて意外に賑やかだ。
 彼が先ほどからじっと見つめているのは、森の向こうに高く聳える城。
 彼の家でもあるあの城に、明日私たちは攻め入る。
 魔王に操られている彼の父【竜帝】を救うために。

「お父さんて、どんな人なんですか?」
「は?」

 彼がやっとこちらを振り向いた。瞬間、その金の瞳が猫のように煌めいた。

「リュー皇子のお父さん、竜帝陛下はどんな方なのかなって」

 答えてくれるかどうかわからなかったけれど、もう一度訊く。
 すると彼は再びゆっくりと城の方を見上げた。

「父上は強く聡明で、厳しく、でもとても優しい方だ」
「立派な方なんですね。リュー皇子が憧れるのもわかります」

 彼は淡々と続ける。

「俺は、父上のような竜帝になりたいと……でも、今の父上は……っ」

 強く、彼が両の拳を握るのを見た。
 ――魔王に操られ、竜帝は変わってしまった。
 この夜が明けたら、彼はそんな父親に反旗を翻すのだ。
 いつもは偉そうに胸を張り自分を大きく見せている彼が、今は年相応の頼りない少年に見えて。