「沙織ちゃん、あの、その笑みが怖いんだけど」
「大丈夫、そんなに難しいことじゃないから」
「ほ、本当に……?」

 親友だから信じたい気持ちはある。
 だけど、よからぬ事を考えている顔なのは、親友だからこそ分かる。

 信じるべきかどうか悩んだあげく、瑠香は沙織に希望を託そうとした。

「本当だって。瑠香のうちって確か、明日から両親が出張よね?」
「う、うん……」
「だーかーらー、一人じゃこわーいとか言って、鈴木くんを連れ込むのよ。既成事実さえ作っちゃえば、こっちのものなんだし」

 意味を理解するのに数秒、瑠香の顔が真っ赤に染まり、ジタバタしながら言葉にならない声を出す。親友でも何を言いたいのか全然分からず、とりあえず落ち着かせようとしていた。

「少しは落ち着いた?」
「も、もう大丈夫、大丈夫だから。それで、誠也をうちに呼ぶって……本気なの!?」
「本気に決まってるじゃない。ほら、両親がいなくて不安だからー、とか言えば鈴木くんなら来てくれるんじゃない?」
「そ、それはそうだけど……」

 幼い頃はお泊まり会とかで誠也が来ることはあった。
 だが今はお互いに年頃なわけで。
 1日とはいえ、両親の不在時に呼ぶなど恥ずかしすぎる。
 ましてや相手が想い人ならば、まともに話せるかすら怪しかった。

 偽りの恋人と知った以上、遠慮なんてする必要はない。
 ふたりだけの秘密──そうすれば噂にもならないはず。

 なかなか踏ん切りがつかないでいると、その背中を沙織が強引に押してきた。

「分かった、瑠香から言えないなら、私が鈴木くんに伝えとくねっ」
「ちょっと待ってっ。それは一番恥ずかしすぎるんだけど」
「それなら、ちゃーんと自分で言うのよ?」
「うぅ……」

 逃げ道を完全に塞がれてしまい、瑠香は自らの口から誠也に伝えることとなる。

 恥ずかしい、直接自分の口からなんて言えるわけない。
 この前みたいに料理という口実ならギリギリだが、両親がいないからとなると話が変わってくる。

 だがこれは人生最大のピンチでありチャンス。
 これを逃したら誠也との距離は絶対に縮まらない。
 覚悟を決めるしかない──瑠香は恥ずかしさと戦いながら行動に移そうとした。

「沙織ちゃんにはあぁ言ったけど、ホントどうしたらいいのよー」

 一歩がなかなか踏み出せない。
 告白するみたいで緊張しているのが分かる。
 ダメ、この程度で狼狽えていてはダメ。この性格をどうにかしないと、想い人がいつか誰かに盗られてしまう。

 そんなのは耐えられない。
 無理、精神崩壊するほどの絶望に落ちるのが目に見えている。
 瑠香は勇気を振り絞り、自らの足で前進しようと覚悟を決めた。

「ううん、自分で頑張らなくちゃ。で、でも、いきなり本番は緊張して失敗するかも」

 こうなったら練習あるのみ。
 昼休みに誰にも見られない場所でひっそりと。瑠香は心にその言葉を刻みつけ、時間が来るのを緊張しながら静かに待っていた。

 早い、早すぎる。
 いつもなら長く感じる授業が一瞬で終わりを告げる。
 心の準備がまだなのに運命とは残酷だった。