結局その日は桜木と話すこともなく終わった。
きっといつか、話をする日がくるだろう。
何年も前の出来事とはいえ、少し気まずい。





校舎の裏側に大きな桜の木がある。
この学校に勤め始めて5年になるが、ここが一番のお気に入りの場所だ。

まだ人が少ない朝の校舎。
裏側の桜の木の下で満開の桜を眺めていると、桜木らしき人影が見えた。
思い切って声をかける。

「おはようございます」
桜木だと気づいていないふりをして挨拶した。

「おはようございます」
桜木は深々と会釈をし、こちらを見つめると同時に、えっ?という顔をした。
俺の顔にピンときたみたいだ。

「は、春野先生ですよね?わっ…びっくり…」

目を見開いて驚いている。

「俺もびっくり。まさか同じ学校で、しかも桜木が保健室の先生になってるなんて」
進路に悩んでいた桜木が選んだ答えが分かって、教師として嬉しいのが本音だった。

「桜がきれいだなって思って、ここに来てみたんです。そしたら先生に会うなんて…すごい偶然」

間近で見る桜木は、とても大人っぽくなっていた。

「本当、偶然だね。この場所が一番好きだから、この季節は毎朝ここで桜を見てから職員室に行くんだ」

桜が咲く季節になるたびに、毎年よみがえる罪悪感と懺悔。
それが、今だけは優しく包み込まれているように感じた。


桜の花びらは、ふわりと彼女の近くに舞う。
「そうなんですね。この学校でも桜がきれいに咲いている場所が見つかってよかった」


彼女は桜の美しさに負けない、まぶしい笑顔で微笑んだ。






fin