翌日土曜日、朝九時頃。灘本宅玄関先。
「森優ちゃんの今日の服装、とってもかわいいわね」
「ありがとうございます、おば様」
 森優は鶯色の夏用ワンピースを身に着けて、昇子を呼びに来ていた。
「昇子、女の子同士のデート、思いっ切り楽しんで来なさいよ」
 母に肩をポンッと叩かれ、
「デートじゃないって」
 昇子は照れくさそうに否定する。彼女は黄色のプリーツスカートに、ココア色の半袖チュニックという格好だった。
「じゃあ行こう昇子ちゃん」
「うっ、うん。今日は晴れてよかったね」
 そんなには派手ではない服装な二人は、普段学校に行く時と同じような感じで最寄り駅へと向かって歩いていき、
「ここに昇子ちゃんと二人きりで来るのは初めてだね」
「確かにそうなるね。今までは私のママか森優ちゃんのママに連れられてたから」
電車とバスを乗り継いで近場にある大型ショッピングモールへやって来た。
一階出入口を抜けて、大勢の家族連れなどで賑わう館内に入ると、
「昇子ちゃん、迷子にならないように手を繋ごうか?」
 森優はこんな気遣いをしてくれる。
「森優ちゃぁん、私もうそんな子どもじゃないよぅ」
 昇子はむすっとした表情を浮かべ、ちょっぴり頬を赤らめた。
「ごめん、ごめん。もっと大人扱いしなきゃダメだよね。それじゃまずは、レディースファッションコーナーに行こう!」
森優はてへっと笑う。
ともあれ二人はその売り場がある五階へ、エスカレータで移動していく。
「小学校の時はエスカレータ逆走して遊んでたなぁ」
「昇子ちゃん、それやってお母さんにすごく叱られてたね」
「そうだったかな?」
 こんな会話を弾ませながら、楽しい思い出に浸っていたのと同じ頃、昇子の自室では、
「昇子君、森優君のペースに飲まれてるって感じだな」
「ショウコイル、せっかくモユリア樹脂が単結合してくれようとしてくれたのに、勿体ないなぁ。結合エネルギーが弱過ぎたんだな」 
「なんか百合友達同士というより、姉妹みたいですね」
「ボクもショウコちゃんといっしょにショッピングしたいな」
「ぼくもーっ。コンパスと分度器と関数電卓買いたぁーいっ!」
 教材キャラ達がモニター越しに二人の様子を見守っていた。
     ☆
 ショッピングモール、レディースファッションコーナーの一角。
「昇子ちゃんのショートパンツも買ってあげるよ」
「べつに、いらないよ。私、スカートでじゅうぶん」
「いいから、いいから。この間のお礼がしたいし。昇子ちゃん、このショートパンツ穿いてみて」
 森優は水玉フリースのショートパンツを差し出した。
「やっ、やめとくよ。なんか幼い子向けっぽいし」
「まあまあ、そう言わずに。絶対似合うから。試着室あそこにあるよ」
「じゃっ、じゃあ、着てくるね」
 昇子は受け取るとそそくさ試着室へ入り、カーテンをシャッと閉めた。
 それから三〇秒ほどのち、昇子は再び森優の前に姿を現す。
「昇子ちゃん、よく似合ってるね」
「どっ、どうも」
「この服も昇子ちゃんに似合いそうだから、買ってあげるね」
 森優は隣接のキッズファッションコーナーにあった、可愛らしいコアラの刺繍がなされたお洋服も手に取って昇子の眼前にかざして来た。
「森優ちゃん、それ小学生、いや、幼児向けでしょ。私が着るの、めちゃくちゃ恥ずかしいよ」
「昇子ちゃん、固定概念を持ち過ぎるのは良くないよ。この間、道徳の授業で先生が言ってたでしょ」
昇子は嫌がるも、森優はその商品をレジへ持っていってしまった。
私、そんなの絶対着ないからね。ていうかサイズちっちゃ過ぎて合わないでしょ。
 その間に、昇子は試着したショートパンツから今日着て来たプリーツスカートに履き替え、試着ショートパンツを商品棚に戻しておいた。
森優ちゃん、私を子ども扱いし過ぎだよ。森優ちゃんも中学三年生のわりに子どもっぽいくせに……まあ、嫌じゃないけどね。
 昇子は今、そんな照れくささ半分、嬉しさ半分な心境だ。
ここをあとにした二人が次に向かった先は、同じフロアの雑貨屋さん。
「このアジサイのねりきりと青梅の甘露煮を模ったの、すごく良い出来だね。買っちゃおうっと」 
「私も買おうかな。あっ、あのアマガエルさんのもかわいい♪」
仲睦まじく楽しそうに新作アクセサリーを買い漁り、続いて二階の大型書店へ。昇子は絵本・児童書の売り場へと誘導された。
「この絵本も買おうっと」
 森優はとっても楽しそうに新刊コーナーを物色する。
「森優ちゃんはこういう幼い子向けの本、今でも新作出たらけっこう買い集めてるんだね。私はもう一年以上は新しいの買ってないし、おウチにあるのも最近は全然読まなくなったよ」
周りに三、四歳くらいの子が何人かいたこともあってか、昇子は少し居辛そうにしていた。
「昇子ちゃん、それは絶対勿体ないよ。わたし、将来は図書館司書さんか絵本作家さんか童話作家さんか、保育士さんか幼稚園教諭さんになりたいんだ。だから、絵本や児童書を日頃からいっぱい読んで、子どもの気持ちを深く理解出来るようにしなきゃって思って」
 森優は満面の笑みを浮かべ、幸せそうに将来の夢を語る。
「昔話してた時より選択肢増えたね。どの道を選ぶにしても、森優ちゃんならきっとなれるよ」
 昇子は優しく励ましてあげた。 
「ありがとう。昇子ちゃんの今の将来の夢は何かな?」
「そうだねえ……漫画家さんかなぁ」
「そっか。昔はお菓子屋さんとかパティシエさんとかバスガイドさんとかバレリーナとかって言ってたよね」
「うん、でも今はそうは思わなくなっちゃったなぁ」
「昇子ちゃんは国語の先生とかも似合いそう」
「そっ、そうかな?」
「うん、絶対似合うよ」
 森優はにこやかな表情で見つめてくる。
「そっ、そういえば、もう、十一時半過ぎてるんだね。ちょっと早いけど、そろそろお昼ごはんにしない?」
 照れくさく感じた昇子は思わず視線を逸らし、館内の時計を眺めながら提案した。 
「そうだね。正午過ぎになると込んでくるし、わたし、お腹空いて来ちゃった。このファミレスで食べよう」
 森優は店内パンフレットの案内図を指差す。
「もちろんいいよ」
 昇子は快くOKした。

「二名様ですね。こちらへどうぞ」
お目当てのファミレスに入ると、ウェイトレスに二人掛けテーブル席に案内された。
向かい合って座ると、森優がメニュー表を手に取ってテーブル上に広げる。
「昇子ちゃん、何でも好きなのを頼んでいいよ」
「じゃあ私は、天ざる蕎麦で」
「昇子ちゃん渋い。なんか大人っぽい。わたしは……あのね、お子様ランチが食べたいなぁって思って……」
 森優は顔をやや下に向けて、照れくさそうに小声でポツリと呟いた。
「森優ちゃん、今でもお子様ランチ食べたがるなんてまだまだ子どもっぽいとこあるね」
昇子はにっこり微笑みかけた。
「お目当てはおまけなんだけど、さすがに中学三年生ともなると恥ずかしいから、ロコモコにするよ」
 森優はますます照れくさくなったのか、メニューを変更。
「森優ちゃん、本当は食べたいんでしょ? 今食べないときっと後悔するよ。栄養満点で大人の方にもお勧めですって書かれてるから、森優ちゃんが頼んでも全然変じゃないと思う」
昇子がこう意見すると、
「じゃあわたし、これに決めたっ!」
森優は顔をクイッと上げて、意志を固めた。すぐさまコードレスチャイムを押してウェイトレスを呼び、メニューを注文する。
 それから五分ほどして、
「お待たせしました。お子様ランチでございます。はいお嬢ちゃん。ではごゆっくりどうぞ」
 森優の分が先にご到着。イルカさんの形をしたお皿に日本の国旗の立ったチャーハン、プリン、タルタルソースのたっぷりかかったエビフライ、ハンバーグステーキなど定番のもの。その他お惣菜が豊富に盛られている。さらにはおまけに可愛らしいイルカさんのストラップも付いて来た。
「……私のじゃ、ないんだけど」
 昇子の前に置かれてしまった。昇子は苦笑する。
「昇子ちゃんが頼んだように思われちゃったんだね」
 森優はにこにこ微笑みながら、お子様ランチのお皿を自分の前に引っ張った。
「どうせ私は童顔だよ」
 昇子は内心ちょっぴり落ち込んでしまう。
さらに一分ほどのち、昇子の分も運ばれて来た。
こうして二人のランチタイムが始まる。
「エビフライは、わたしの大好物なの」
 森優はしっぽの部分を手でつかんで持ち、豪快にパクリと齧りついた。
「美味しい♪」
 その瞬間、とっても幸せそうな表情へ。
森優ちゃん、幼稚園児みたいだ。
 昇子はざる蕎麦をすすりながら、微笑ましく眺める。 
 その頃、昇子のおウチでは、
「お子様ランチ、ぼくも食べたいよう。さくらんぼさんと生クリームの乗った円錐台のプリン、すごく美味しそう」
 流有十がモニター画面を食い入るように見つめていた。
「ルートくん、食いしん坊だね」
「サムお兄ちゃんには言われたくないなぁ」
「おれさま達も、そろそろ昼飯にしようぜ。リビングからピザ○ットとケン○ッキーとマ○ドとロッ○リアとミ○ドの広告取って来たぜ。どれでも好きなのを選んでくれ」
「さすがレオンくん、気が利くね。ボク、ポテートとフィレカツバーガーとコーラ、全部Lサイズね。それと、チキンナゲットとアップルパイとチョコドーナッツも」
「サムさん、それはちょっと食べ過ぎですよ」
 伊呂波は困惑顔で、 
「サム君はフィードロットの肉牛かよ」
「サムお兄ちゃんの胃袋の容量は無限大だね」
「サ無極性分子、コレステロールの摂り過ぎでメタボになっちゃうぜ。ちなみにコレステロールの分子式はC27H46Oなのだ」
 玲音、流有十、摩偶真はにこにこ笑いながら指摘する。
「そんなに多いかなぁ? じゃあボク、Sにするよ」
 サムは照れくさそうにしながらも、不満そうにメニューを変更した。
「健康のためにはそれでいい。おれさまもSだっ!」
      ※
 昇子と森優のいるファミレス。
「昇子ちゃん、天ざる蕎麦だけじゃ足りないでしょ。わたしのもあげる。はいあーん」
 森優はハンバーグステーキの一片をフォークで突き刺し、今度は昇子の口元へ近づけた。
「いやぁ、いいよ。恥ずかしいから」
 昇子は手を振りかざし拒否すると、お顔をケチャップソースのように赤くさせ照れ隠しをするように麺を勢いよく啜った。
「昇子ちゃん、かわいい♪ あの、昇子ちゃん、このあとは映画見に行こう」
「……映画かぁ。べつに、いいけど」
これってまるでデートコースだね。
 森優からの突然の提案に、昇子はちょっぴり戸惑いつつも引き受けた。
このあとも引き続き、森優が前を歩き昇子が後ろをついていく形で併設するシネコンへと向かっていったのだった。