日曜日の昼下がり。
 ベットの上でゴロゴロしていると、部屋のドアがノックされる音が響いた。 
 ......?
 起き上がり、ドアを開けるとそこには、おっとりした表情の梅さんが立っていた。
「愛姫さん、よかったらお茶にしませんか。」
 心地よい声を響かせながら、優しく問いかけてくれる梅さん。
 そういえば、前のときは断っちゃったんだっけ。
「はい。いただきます」
 今は、3時半。
 おやつの時間には、ちょうどいい時間だ。
 テラスに出て、椅子に座る。
 梅さんは、ティーカップに紅茶を注いで、渡してくれた。
 お礼を言って受け取ると、梅さんはニコニコと笑う。
「さて、愛姫さんは咲空様から、どんなお話をお聞きしていますか。」
 梅さんの声は、優しくて心地よいのだけど、聞き取りやすい。眠くなってしまうこともある。
 それよりも、話なんて何か聞いたっけ。
「あら、その様子だと聞いてないみたいですね。
 じゃあ、私からお話させていただきますね。」
 戸惑っている私を見て、察したらしい梅さんは、静かに話し始める。
「まず、咲空様自身のことを。 
 実は、咲空様は、幼い頃からお体が弱いんです。
 最近では、運動もしっかりできるぐらいには回復しました。
 でも、先日も風邪をひいてしまいましたでしょう?」
 うん、風邪で学校を休んでた。
 しばらく話をすると、最後に
「どうか、咲空様をよろしくお願いいたします。」
 と、言い深々と頭を下げられた。
 それでは、と言い残し、軽い足取りで去って行く背中を見て、しばらく動かないでいた。

 咲空が私の手を引いて、歩く。
 咲空の部屋まで移動すると、咲空が振り向いて、私の手を握った。
「愛姫っ!」
「はい!」
 急に、名前を呼ばれて間抜けな返事をしてしまう。
「俺の話を聞いてください。」
 真剣でちょっと緊張した、咲空。
「...うん。」
 戸惑いながら、返事をすると静かに話し始める。
「実は...俺、好きな子がいるんだ。」
「...え?」
 一瞬、理解ができなくて、聞き返してしまった。
「好きな...子...。」
 理解するのに、少し時間がかかる。
 咲空は笑って、
「そう、だけど、俺の気持ちがあの子に伝わることはない。」
 と、断言してしまった。
 なんで、って聞こうと思ったけど、咲空があまりにも自虐的に笑うから、何も言えなくなってしまう。
「...いつから、好きなの...?」
 やっと出た言葉は、咲空の心を抉るような、最低な質問。
 でも、知りたくて、口からこぼれてしまった。
「...さあ、いつからだろう...。気づいたら、好きになってた。」
 少し間が空いた後、咲空の答えが私の胸を抉った。
 なんでこんなに、傷ついてるんだろう、私。
 ......ああ、そっか......私、きっと...咲空のことが好きだったんだ。
 ううん、だったじゃない。好きなんだ。
 だから...今、悔しくて苦しくて、悲しいのかな...。
 あぁ、こんな思いするのなら、気付きたくなかった。
「あーあ、こんな思いするんだったら、好きになりたくなかった...!」
 咲空が、私と似たことを言って自虐的に、また、笑った。
 そもそも、なんで咲空は婚約をしたの...?
 この言葉が、口からこぼれそうになって、慌てて口を抑える。
 でも、一度咲空を責めてしまうと、頭が最低な言葉で埋まって行く。
 言わないようにするのでいっぱいになって、気持ちを止める余裕がない。
 そもそも、止め方なんて知らない...!
 ずっと、黙っている私を見て、咲空が、
「ごめん、こんな話聞きたくないよな。」
 と、気遣って、謝ってくれた。
 慌てて首を振って、
「私も、ごめんね」
 と、謝った。
「え?」
 咲空は意味を理解してないのだろう。
 私は、いろんな意味を込めて言ったのだけど。
 好きな人に、告白もしないで振られて、その人の恋を教えられる。 
 心臓が、この話を聞くのを拒絶している。ドクドクと音が鳴って痛い。
 目を擦って、立ち上がる。
「咲空、私疲れちゃったから寝るね。梅さんに、ご飯いらないって伝えといて。」
 それだけ伝えて部屋に向かう。
 布団にくるまると、糸が切れたように、たくさんの涙が出た。
 明日、起きた時にはこの辛さがなくなって、昨日までの日常が、戻ってますように。
 そう現実逃避をしながら眠りについた。