「……っ!」
その言葉に身構えると、彼はスマホを持って私の顔を覗き込む。
余裕たっぷりに微笑み、私の反応をどこか楽しんでいるようにも見えるは気のせいだろうか。
「結愛、あいにく俺には時間がない。少し急いでくれるか? 君の電話番号を教えてくれ」
口を開いた私に、彼は畳みかけるように告げる。
秋人は、本当に策士なんだ。
表面的にはあくまでも私の意見を尊重し、一定の距離を保ってくれている。
けれど仕事の依頼を通し、連絡先を交換する流れまでしっかりと見越していたはずだ。
ただ今日偶然、葛城堂で再会したのは、神様の仕業としか思えないけれど……。
私が電話番号を読み上げると、秋人からすぐに着信がやってきた。
「俺の番号も登録しておいてくれ。後程、秘書の電話番号をメッセージで送る」
「わかったわ」
彼はスマホの画面を確認し、早々と身支度を始める。これから社外で会議があるようだ。
「すぐに車の手配をするから、結愛はエントランスで待っていてくれ。またスケジュールのことは追々決めよう」
ふたりで社長室を出てすぐ、既に止まっていたエレベーターに一緒に乗り込んだ。
また今日も情に流されたまま、秋人に何も言えずに終わりそうな気がする。
私は意を決して、隣に立つ秋人を見上げた。
「秋人。私、仕事はちゃんとする。でも……」
「でも?」
エレベーターのモニターを見ている秋人は、こちらを見ずに尋ねる。
彼はもしかしたら、私に何を言われるのか勘づいているのかもしれない。
「秋人のこうやって私やあやめのことを想ってくれるのは嬉しいけれど、あなたの気持ちに応えることは、この先ないから……お店に来たり、これ以上の接触を増やさないでほしいの」
ひと息に告げた私に、彼はふっと口元を緩め振り返った。
「結愛。恋人になろうと言っているわけでもなく、そこまで俺を拒否する理由はなんなんだ? もしかしてまだ身分のことがネックになっているとでも? 君がいなくなるくらいだったら、俺はこの会社を継がなかった」

