彼は逢いたくて仕方がない相手だったけれど、絶対に再会してはいけない相手でもある。
「ちょっと結愛ちゃん大丈夫!? すごい汗だよ」
台車を轢きながら、搬入車に戻って来た私を見て、山根さんはぎょっとした顔で私の顔を覗き込んだ。
息を切らし、顔面蒼白になっているだろうから、仕方がない。
「……せ、先輩、申し訳ありません。少しお腹がいたくて、残りの薔薇の搬入、お願いしてもいいですか?」
「もちろん。少し待っててね! すぐに戻って来るから」
「ありがとうございます」
山根先輩を見送った後、滑り込むようにして助手席に乗り込んだ私は誰にも目につかないように、身を小さくした。
「なんで……秋人があんなところに」
激しく動く心臓の音を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
『結愛』
彼が私の名前を呼ぶ。
以前と変わらない声で。
秋人と私は、昔恋人関係にあった。
でも……平凡な私と日本を動かす大企業の跡取りである彼が結ばれることを、彼の家族は絶対に許さなかった。
だから、私は消えるしかなかった。
ただそこでふたりの関係が終わるのならそれまでの話。
けれど……私にはただひとつ、彼にも彼の両親にも話していない大きな秘密がある。
「この秘密を守るために、私はもう二度と……彼に会うワケにはいかない」
それから半日後の、夕方の十八時過ぎ。
私はいつも通り、実家で徒歩五分の場所に位置する【ふたば第一保育園】の門をくぐる。
乳児が集まっているどんぐりクラスの扉を開けると、エプロン姿の保母さんに抱かれた我が子、あやめが目を輝かせ、私に手を振ってくれる。
「ままぁ! まーまっ!」

