「一晩山の中に隠れていた。寒くはなかったが心細くて、夜が明けるのを待って一人で下山しようとした。その時に足を滑らせて崖から落ちたんだ」
「それでケガを?」
「うん。幸い命に別状はなかったが、この時初めて親父に怒鳴られて叱られた。そして、何かが吹っ切れた気がしたんだ」
「そうだったんですか」

きっとこのことで尊人さんとご両親は実の親子になれたのだろう。
その証拠にこの話をする尊人さんはとっても幸せそうだもの。

「この話、人にするのは初めてだ」
「私も、知らなかったので驚きました」

聞かせてもらって、尊人さんに対する見方が少し変わった。
財閥の御曹司で、何でもできる完璧な人。苦労を知らないお坊ちゃんだと思っていたのに、本当は随分違ったのだと知り、人を外見だけでは判断してはいけないと痛感した。

「実はもう一つ、人には言っていない思いが俺にはあってね」
「なん、ですか?」
ちょっと聞くのが怖い気もするけれど、ここまで聞いたら聞くしかないだろう。

「俺は、三朝コンツェルンを弟の勇人に譲りたいんだ」
「それは・・・」
自分が養子だからってことだろうか。

私から見ると、尊人さんは立派な経営者で三朝コンツェルンの跡取りとしても申し分のない人材に思える。
周囲にも三朝財閥の後継者として認識されているはずだし、そこから逃げ出すのは簡単な話ではないと思う。