「知ってる? “ありがとう”って、
 1万回言うと幸せになれるんだって。」



 人気(ひとけ)のない、どこかひんやりとした教室に二人。




 わざわざ全員が出ていくまで、毎日数十分も待っていたなんて。

 よくよく考えてみれば、すごく馬鹿馬鹿しかった。
 滑稽だった。



 それと同じくらい、必死、だったんだ。





「2万5千回を過ぎると涙が出てきて、
 5万回を超えると奇跡が起こるんだってさ」




 彼女は校庭を走る運動部を窓から見下ろしながら、静かに笑った。
 笑ったように思えた。



 彼女は、頑なにこちらを振り返ろうとしなかった。




「……信じてるんだ、私」





 可憐な声ににじんだ、蒼い色。





「ありがとうって気が狂うまで言いさえすれば。
 そんなものにすがって、毎日必死で、さ」





 遠くに陸上部の掛け声が聞こえる。

 日が、沈みだした。






「醜いなぁ、私」