気がつくとアルデラはベッドの上に横たわっていた。

(私はいったい……?)

 腕を少し動かすと、それだけでベッドに人が駆け寄ってきた。アルデラが驚いているとベッドを覗き込むクリスと目が合う。

 青空のように綺麗な瞳が優しく細められた。

「目が覚めたんだね、アル」

「……クリス?」

 不思議に思って首を動かし周りを確認すると、見知らぬ部屋が広がっている。

「ここは?」

「私の部屋だよ。アルは牢屋の前で倒れたんだ。覚えていない?」

 アルデラは王城で王の証に魔力を吸い取られたことを思い出した。

(私の身体はあのとき倒れていたのね。たぶん、魂だけ抜けてマスターの創った世界に行っていたんだわ)

 クリスは「倒れたアルを王城の医師に診てもらったけど、過労って言われたんだ。だったら慣れた場所でゆっくりしたほうが良いと思って私が連れて帰ってきたんだよ」と状況を説明してくれた。

「それは分かったわ。でも、どうして私の部屋じゃなくてクリスの部屋で寝ているの?」

 クリスは「アルが目が覚めたらすぐにわかるようにと思ってね」と、にっこり微笑んだ。

「よくわからないけど……私は何日くらい寝ていたの?」

「一週間くらいだよ」

 クリスはアルデラの右手をそっと握りしめた。

「黒魔術のことはブラッドからすべて聞いたよ。使うたびに倒れたり、数日間眠ったりしているって。ねぇアル。アルの『どうしても、やりたいこと』は終わった?」

 アルデラのどうしてもやりたいことは、伯爵家の人達が幸せになること、ノアの命を救うこと、そして、本物のアルデラを幸せにすること。それはすべて達成できた。

「そうね、全部、終わったわ」

「じゃあ、もう黒魔術は使わないでほしい」

「え?」

「アルの身体が心配なんだ」

 クリスの眉が下がり、その瞳は悲しそうだ。

「……わかったわ。もう使わない」

 笑みを浮かべたクリスは、アルデラの右手にキスをした。そして、咳払いをする。

「では、改めて言うよ。君を愛しているんだ。アル、私と本当の夫婦になってほしい」

 アルデラはベッドからゆっくりと起き上がった。目の前に金髪碧眼の麗しい男性がいる。まるで神父のような神々しい笑みを浮かべているけど、彼は本当の神父ではない。

 多くの失敗をしてきたと言うし、後悔することもあれば悩みだってある。年上の男性なのに『君に導いてもらわないと正しい道が歩めないんだ』などと情けないことを言ったりもする。

 そんな不完全な部分を知った今だからこそ、素直に彼の側にいたいと思えた。

「その……私でよければ……よろしくお願いします」

 クリスは屈むとアルデラの額にキスをした。恥ずかしくなって顔をそらすと頬にキスされる。唇が重なったかと思うと首筋へと降りていく。

「ちょ、ちょっと待って!?」

 クリスを押しのけると、クリスは不思議そうに首をかしげた。

「展開が急すぎるわ!? ついていけない! その、そういうのは……もう少し時間をおいてからにしてほしい……」

 顔が熱い。恥ずかしすぎて両手で頬を押さえていると、クリスは口元を押さえながら顔を背けた。両肩が少しふるえているように見える。

「クリス?」

 声をかけると、クリスに困ったような顔を向けられた。

「いや、私の奥さんが可愛すぎるなって思って」

 クリスの頬が赤くなっているように見えるのは、たぶん気のせいではない。