アルデラは興奮で頬を赤らめながら「すごいわ! 二人ともすごい!」と繰り返している。

 喜ぶアルデラを見るとセナはいつも胸の奥が温かくなった。

(あんなに、小さかったのに)

 生まれたばかりのアルデラはセナの両腕にすっぽり収まる大きさしかなかった。温かくてぐにゃぐにゃしていて、すぐに壊れてしまいそうで怖いと思った。

(これは、世界で一番大切な宝物)

 そう思った赤子が今は立派に成長して、自分の足で歩いて運命を切り開いている。セナはそっと腕を伸ばすとノアを抱きしめていたアルデラを後ろから抱きしめた。

「アルデラも、すごい」
「そう? ありがとう」

 くすぐったそうな返事が返ってくる。

「セナはお母さんみたいだけど、たぶん、先生が向いているんじゃないかしら?」

 アルデラが急に真剣な声でそんなことを言い出した。すると、ノアも「わかります! セナはとても良い先生です!」と力一杯に同意する。

「先生……?」

「うん、セナはどう思う?」

「どうも思わない。ずっと、アルデラの側にいる」

「残念だけど、それはそれで嬉しいわね」

 そう言ってアルデラが喜んでくれるから、セナはずっとアルデラの側にいた。宝石のように輝く幸せな日々はあっという間に過ぎて行った。

 世界で一番大切なアルデラは、年を重ねて少しずつ身体が弱くなっていった。

「病気なの?」

 セナがそう尋ねると、アルデラは「もう年なのよ」と笑った。

 アルデラが息を引き取ったときセナは泣いた。数百年もの間生きてきて、たった一度も流れなかった涙が止まらなくなった。

 マスターがこの世からいなくなった時ですら、こんなにつらい気持ちにはならなかった。

「アルデラがいないなら、もう生きる意味がない」

 それなのに、マスターに作られたセナは死に方がわからなかった。マスターから頼まれた『アルデラを守る』という役目を終えたのだから、いつかは生命活動が止まると思う。しかし、それがいつかはわからない。

「この身体は死ぬこともできない……。もう意味のないこの世界で、何をすればいい?」

 どれくらい泣いたかわからない。セナはふとアルデラの言葉を思い出した。

 ――セナって、お母さんみたいね。

 ――セナって、先生が向いているんじゃない?

「……はい、アルデラ。貴女がそう言うのなら……」

 セナはレイヴンズ伯爵になっているノアに相談した。孤児院を作ってもらい二十年ほど親のいない子ども達の『お母さん』をした。

 年を取らないセナはそれ以上、同じ場所にいられなくなり、森の奥へと一人で移り住んだ。時折、森へ迷いこんだ人を助けているうちに、『危険な迷いの森の奥に、賢者が住んでいる』というウワサができてしまった。

『その賢者は、死にかけの人間ですら生き返らせることができるらしい。この世の全てを知り尽くしているらしい』

 そんなバカげたウワサにすがりつきたいほど苦しんでいる人だけがセナの家を命懸けで訪れた。

 セナは快くその人達を無償で助けた。知りたがる知識を惜しみなく与えた。

 そうこうしているうちに、セナは、あらゆる分野の天才が行き詰まり苦しみ足掻いて最後の最後にどうにかたどり着くことのできる真理を知る者として「最果ての賢者」と呼ばれることになる。

 そして、気持ち良く晴れたある日のこと。

「ああ……ようやくアルデラに……会いに行ける。貴女のおかげで、貴女のいない世界も、楽しかった……」

 そう呟くと、多くの弟子に囲まれ惜しまれながら、穏やかに息を引き取る日が来ることをまだ誰も知らない。