うっとりとアルデラを見つめ、絶対服従を誓いながらひざまずき、何度も手の甲にキスをするクリスを見てアルデラは青ざめた。

(……クリスが、壊れた……)

 魅了系の黒魔術を長期間に渡って重ねがけしてきたせいで、精神が耐え切れなくなってしまったようだ。

 さすがにこれはまずいと思い、クリスの黒魔術解除を決める。

(ちょうど、琥珀宮で夜会が開かれるから、そのときにサラサの白魔術で解除させたらいいわね)

 使用人の目もあるので、慌ててクリスを立たせた。そして、周りに聞こえないように小声で伝える。

「クリス、今度、琥珀宮で夜会が開かれるわ。それまでの我慢よ」

 クリスは「よくわからないけど、わかったよ」と微笑みながら、またアルデラの手の甲にキスをする。

(これは重症ね……)

 優しくつかまれていたクリスの手を振りほどくと、クリスは少し寂しそうな顔をした。

「ねぇ、アル。夜会に行くならドレスがいるよ。私から贈らせてほしい」
「持っているものを手直ししてもらって着るからいらないわ」

「でも、ドレスには流行があるよ」

 その言葉で、以前、侍女のケイシーに『女のおしゃれは身を守るための鎧ですよ!』と言われたことを思い出した。

(そうね、夜会には犯人探しに行くんだから、装備を整えていたほうが良いわよね)

 納得したアルデラが「じゃあ、ドレスの件はクリスに任せるわ」と言うと、クリスはとても嬉しそうに微笑む。その笑顔がノアに似ていて、やっぱり二人は親子ね、とアルデラは改めて思った。

 その数日後。

 伯爵家に招かれたデザイナーにより、アルデラは着せ替え人形のように着替えさせられた。

(いったい何着、着せるのよ!?)

 室内を仕切るために置かれたパーテーションの向こうでは、クリスとノア、そして、侍女のケイシーが必要以上に盛り上がっている。

 ケイシーが「アルデラ様には、やはり一番初めに試着された黒いドレスがお似合いでは?」と言うと、ノアが「ピンクのドレスを着た姉様も見て見たいです!」と無邪気な発言をする。

 咳払いしたクリスが「皆の意見はわかったけど、決めるのは私だよ?」と忠告すると、他の二人からブーイングがあがった。

「父様、ずるいです!」
「そうですよ、アルデラ様が決めるならまだしも! 納得できません!」

 悩んだクリスは「じゃあ、それぞれ一着ずつ選ぶというのはどうかな?」と言い出した。

「やったー!」「それ、良いですねぇ!」と二人が賛成する。

 そんな楽しそうな三人を下着姿のアルデラは、パーテーションの隙間から眺めていた。

(なんだか、あの三人が、私のお母さんと、本当の夫と息子みたいに見えてきた)

「愛されていますわね」

 声のほうを見ると、デザイナーがニコニコと微笑んでいた。

(愛されているかどうかはわからないけど……)

「とても大切にしてもらっているわ」

 アルデラがそう答えると、デザイナーはまたニッコリと微笑む。

 そのあと、結局、アルデラはケイシーが勧めてくれた黒いドレスを選んだ。

 ピンクのフリフリのドレスを押していたノアが「どーしてですか、姉様……」と悲しい顔をしている。

「あ、いや、どのドレスも素敵よ!? でも……」

 アルデラがためらっていると、ケイシーが代わりに答えてくれた。

「クリス様とノア坊ちゃんは、アルデラ様に着せたいドレスを選びましたね?」

 白生地に金色の刺繍が入った上品なドレスを勧めたクリスが「そうだけど?」と不思議そうな顔をしている。

「これだから、男性は……夜会はね、女達の戦場なんですよ!? 舐められたら終わりなんです! いかに相手を圧倒するか、そのためには、アルデラ様の魅力を最大限に引き出すドレスが必要なんです! 貴方達の好みなど、この際、どうでもよろしいっ!」

 熱弁したケイシーに圧倒され、クリスとノアは「なるほど」と呟きながら、パチパチと手を叩いている。

「じゃあ、三着とももらおうか」と、クリスが笑顔で言ったので、アルデラは「クリス様、さっきのケイシーのお話、聞いてましたか!?」とあわてた。

「うん、聞いていたよ。黒いドレスは夜会用に。あとの二着は気が向いたら、いつか着てほしい」

「そんな……ドレスを着ていく場所なんて」

 ないわと言う前に、クリスに「今までは無かったけど、これからは、たくさんあるよ。きっとドレスが足りなくなる」と言われてしまう。

 ノアが「じゃあ、そのときは、また皆で姉様のドレスを選びましょうね」と無邪気に微笑んだ。