アルデラは、明らかにおびえた銀髪騎士に馬車へと案内された。

(ちょっとやり過ぎたかしら?)

 時代劇だとこういう『自分の人生をあきらめているタイプ』は、主役に痛い目に合わされ、カツを入れられて更生するパターンが多い。

(この騎士、私に『サラサに近づくな』って忠告をしてくれるくらいには優しいからね。でもまぁ、『迷惑な後妻』って言われた仕返しは本当だけど)

 思いつく限り厳しい言葉もたくさん伝えたし、今回、痛い目にあったことをきっかけに、騎士の中で、何か考えや態度が良いほうに変わることを祈るしかない。

(それにしても、私の悪女っぷり、なかなかさまになっているわね)

 次から次へと相手を追い詰める言葉が出てくるので、もうこれは才能の一種かもしれない。

 サラサが迎えに寄越した馬車は豪華なものだった。白を基準とし金色の装飾が施されている。

(これ、サラサが乗っていた馬車だわ。自分が乗る高級馬車を私のために寄越すなんて、よっぽど、この珍しい黒髪が気に入ったのね)

 あきれていると、おびえていた銀髪の騎士が覚悟を決めたように馬車内へとエスコートしてくれた。

「無理しなくていいわよ」

 騎士は「いや」と気まずそうに視線をそらし馬車内へと乗り込んでくる。

「今日は白馬じゃないのね?」

 たしか前にサラサが伯爵家に来た時は、騎士は白馬にまたがっていた。

「あれはサラサの趣味だ。馬より馬車のほうが楽なんで……いえ、楽ですので。あの、少しでいいので、俺の話を聞いてもらえませんか?」

 馬車の入り口でブラッドが『どうされますか? アルデラ様?』と視線だけで聞いてきた。騎士と密室で二人きりになることが心配なようだ。

「大丈夫よ」

 アルデラはにっこりと微笑むと、持っているバスケットを軽く叩いた。その中には黒魔術に使う道具が入っている。

 ブラッドは納得したようで、「何かあればすぐにお呼びください」と言い、馬車の御者台へ向かった。御者の隣に座るようだ。

 馬車の扉は閉められ、二人きりになると騎士は小さく息を吐く。

「話す機会をくれて、その、ありがとうございます」

 アルデラが「話って?」と先をうながすと、銀髪騎士は困ったような顔をした。

「今までの無礼な態度、申し訳ありません。言い訳ですが、俺も初めは真面目に騎士を目指してたんです。ただ……」

 銀髪騎士がいうには、この顔のせいで騎士としての努力はまったく認められず、顔だけで優遇されることが続き、仲間内からも嫉妬と軽蔑の眼差しを受けるようになり、次第に心が荒んでいったらしい。

「俺が護衛についた貴族の夫人や令嬢方は、俺の外見を気に入っていたので、俺がどういう態度でも許されたんです。むしろ、少し乱暴な口調ぐらいが喜ばれて……」

 サラサに飼われてからは、さらに『どうせ俺なんて』と自暴自棄になっていったようだ。

「さっきは正直すごくビビったし、しびれました」

「何? 私に文句が言いたいわけ?」

「いや、アルデラ様のおかげで目が覚めたってことです。俺を雇ってもらえませんか?」

「それは伯爵家に仕えたいってこと?」

「アルデラ様にお仕えしたいということです」

 騎士の真剣な瞳を見る限り、ウソはついていないようだ。

(これからは前向きに生きようと思ってくれたのは嬉しいけど、使えない人材はいらないのよね……)

 今のところ、この騎士を雇いたいと思える要素が一つもない。

「貴方、役にたつの?」

「たってみせます」

「なら、これからそれを私に証明しなさい。役にたつとわかったら雇うわ」

 銀髪騎士はククッと忍び笑った。

「何がおかしいの?」

「いえ、顔で選ばれなかったのが嬉しいだけです」

「私の役にたつなら外見なんて関係ないわ」

 騎士は「実力主義ってやつですね。そういう貴女にこそ、俺は雇われたい」と言いながらまた笑った。

 今、馬車で向かっている琥珀宮は、サラサが王族の命を助けた褒美に与えられた宮殿だそうだ。元は王族の別荘として使われていたらしい。

 その説明の通り、アルデラを乗せた馬車は豪華な門をくぐり、広すぎる庭園を抜けて、真っ白な外壁の宮殿の前へとたどり着いた。

(アルデラの実家の公爵家もすごかったけど、こっちはさらに豪華絢爛で優雅な建物にした感じね)

 この宮殿を見るだけでサラサがいかに白魔術師として優遇されているかがわかる。

 銀髪騎士は馬車から下りると、アルデラに手を差し伸べながら、「俺は、アルデラ様がサラサをどう潰すのか楽しみにしています」とニヤリと笑った。

(そのためにも、まずは情報収集ね)

 馬車から下りると、執事風の服を来た青年二人が迎えてくれた。どちらも顔が整っていて、首には銀色の輪っかがついている。

 ただ、銀髪騎士が首につけていたものとは違い、中心部の宝石は黄色ではなく青い。

 アルデラをエスコートしている騎士に「ねぇ、首輪についている石の色の違いは何?」と尋ねると「ああ、あれは……」と言いながら嫌そうな顔をした。

「俺みたいな黄色は、サラサの超お気に入りで一番から十番まで番号がふられているんです。青いやつらは、番号がなくて、そこそこのお気に入りで、サラサに仕えるための使用人達って感じです」

「なるほどね」

 お気に入りの人間をコレクションするだけではなく、琥珀宮に勤める使用人達も男女ともに美形を揃えているということのようだ。

(でも、それだけでサラサからあんなに禍々しい黒いモヤが出てくるかしら?)

 サラサを取り巻くキラキラした空気に相殺されてわかりにくいけど、黒いモヤを見る限りアルデラの両親並みの悪事を働いていてもおかしくない。それは人を殺しているということで。

(これが推理小説だったら、事件の犯人はわかっているのに、証拠がないという状況ね)

 アルデラは後ろをついて歩くブラッドに視線を送った。視線に気がついたブラッドは静かに近づいてくる。

「サラサからは禍々しい黒いモヤが出ているわ。その原因を探りたいの」

 ブラッドが「わかりました」と答えると、騎士が「そんなヤバイ話は聞かないけどなぁ?」と首をひねった。

「サラサにひどい目に合わされたという人はいないの?」

「聞かないですね。俺みたいな黄色石持ちはほぼメンバーが固定されているが、青色石持ちはけっこう人が入れ替わっているみたいだから出て行くのも自由……なんだと思います。貧しい出身のやつらなんかは、『顔が良いだけで楽な生活ができる』って喜んでいるくらいで」

「そんなに条件が良いなら、ここから出て行く人は何が理由で出て行くの?」

 銀髪騎士が「さぁ?」と返し、ブラッドは「探ります」と答えた。それを聞いた騎士は「あ、俺も! 俺も探ります!」と慌てて右手をあげる。

 案内役の執事風青年二人は扉の前で立ち止まると、アルデラだけ中に入るように伝えた。

「サラサのことは私に任せて。二人ともあとはよろしくね」

 ブラッドと騎士を残してアルデラが扉の先に進むと、白を基調とした豪華な部屋の中心に、サラサが座っていた。両隣に美形男子を侍らすその姿はまるで女王のようだ。

(ハーレムってこういう感じ? あ、サラサは女性だから逆ハーレムってやつ?)

 アルデラは淑女らしくお辞儀をした。

「お招きくださり、ありがとうございます」

「来てくれて嬉しいわ」

 サラサはフフッと微笑むと「そのドレス、とっても似合っているわ」とアルデラのゴスロリ姿を喜んだ。

(サラサ……この女、正直に言って、ものすごく気持ち悪いわ)

 外見だけで人を判断するところや、気に入った人間をペットのようにコレクションするのも気に入らない。

 ねっとりとした視線も気持ち悪いし、相手の好みも考えずに着せたいドレスを送り付ける神経もわからない。

(証拠が見つからなくても、今すぐボコボコにしたいわ)

 でも、それができないのは、サラサが黒いモヤをかき消すほどの善行を行っているからだ。悔しいけど、彼女の周りの空気はキラキラと輝き澄んでいる。

 サラサに言われるままに、アルデラは豪華なティーセットが置かれたテーブルについた。ここで二人だけのお茶会を開くようだ。サラサの側に侍っていた美形男子達が、笑みを浮かべながらカップにお茶を注いだ。

 横目で首輪の石の色を確認すると二人とも黄色だった。

(この二人が、サラサのお気に入りランキングの一番と二番なのかしら?)

 銀髪騎士は『俺は三番』と言っていた。

(狂っているわ)

 この場で出されたお茶を飲む気にはなれない。何が入っているかわかったものじゃない。アルデラは熱いお茶を少しずつ冷ましながら飲んでいるふりをした。

 サラサは優雅にカップに口をつけながら、「貴女のこと、アルって呼んでいい?」と上機嫌に聞いて来る。

「お好きにどうぞ」

 アルデラがそう答えると、サラサは「本当に綺麗な黒髪」とうっとりした。

「ねぇ、アル。貴女、クリスと結婚したけど、彼に嫌われているでしょう?」

 残念ながらそれは事実なので「はい」と答えると「そうよね」とサラサは呟く。

「だって、クリスは前妻のこと大好きだもの。生前は、わたくしにも何度も治癒依頼がきていたわ」

「治癒されたのですか?」

 サラサは人差し指をアゴに当てると「んー」と言いながら少しだけ首をかしげた。

「治療したけど、しなかったわ」

「それは、どういう意味ですか?」

「彼、息子がいるでしょう? あのときは、まだ赤ちゃんだったけど、クリスの息子だもの、大きくなったら綺麗になるのはわかっていたから、十六歳になったら息子をわたくしに仕えさせるように言ったの。そしたら、断られてね」

(クリス……ノアを守ったのね)

 『愛する妻を救うために息子を差し出せ』というなんて、この女はどこの魔王なんだと言いたい。

「クリスって本当に薄情よねぇ。愛した奥さんを助ける機会を捨てちゃったんだから。だから、わたくしも、それなりの治療をさせてもらったの」

「それなり?」

 サラサは「フフッ、ここだけの話よ。あのね、少し治療したけど、わざと完治はさせなかったの」とバチンとウィンクした。

(この女……)

 つい不快感が顔に出てしまう。

「やだ、アルってば、そんな怖い顔しないで! 白魔術を使うのは大変なのよ。誰でも治療することは不可能なの。白魔術を使い過ぎると衰弱して死ぬことだってあるんだから」

 アルデラは表情を戻してから「そうなのですね」と淡々と返した。

「そうなのよ。わかってくれて嬉しいわ。それにしても、クリスは本当にひどいわ。妻が亡くなったら、お金ほしさに貴女と再婚だなんて、顔が良くても浅ましい男は嫌ねぇ」

 サラサはハァとため息をついたあとに、アルデラにねっとりとした瞳を向けて微笑みかけてきた。

「アル、もう大丈夫よ。わたくしがクリスから貴女を助け出してあげるわ」

(この女、脳みそ大丈夫かしら?)

 アルデラはクリスほど良い人に会ったことがない。クリスに嫌われているのは仕方がないにしても、嫌っているアルデラにすらクリスは、表面上は笑顔で優しく本当の家族のように接してくれる。

 偽善といえばそれまでだけど、例え偽善でも、あの実家のひどい状況からアルデラを救い出してくれたのはクリスなのだから感謝しないはずがない。

(あと、サラサにノアを渡さなかったことにも感謝するわ)

 サラサが小さく右手をあげると、美形男子が例の首輪を持ってきた。白銀の輪っかの中心部には、黄色の宝石がついている。

「アル、これをつけて?」

 美形男子から首輪を受け取ると、魔力の流れを感じた。

(この首輪、魔道具だわ)

 魔道具にはサラサの魔力が流れている。

 アルデラが「これをつけたら、どうなるのですか?」と尋ねると、サラサは「つけたら、アルはわたくしのものよ」と微笑んだ。

(この首輪をつけたら、サラサと主従関係になるのね。どれくらい強力な主従関係なのかしら?)

 サラサを取り巻く美形男子を見る限り、意識を奪われたり行動を操作されたりはしないようだ。

 アルデラがそっと首輪を自分の首に当てると、白銀の輪っかがスルリと首に巻き付いた。そのとたんに、針で刺されたようなわずかな痛みが走る。

(私の魔力に、サラサの魔力が刺さった?)

 正確には魔力を少し吸われたような感覚だった。

(この首輪、魔力を吸うの?)

 吸われた魔力は、もちろん主サラサの元へ流れていく。

(サラサが強力な白魔術を使える理由は、もしかして、この首輪で他人の魔力を奪って集めているから?)

 魔力は、言い換えれば気力や精神力ともいえる。

(長い間、強制的に魔力を奪われ続けると、最悪、衰弱して死んでしまうわ)

 アルデラは、ふと気がついた。

(サラサは、さっき何て言っていた?)

 ――白魔術を使うのは大変なのよ。誰でも治療することは不可能なの。白魔術を使い過ぎると『衰弱して死ぬ』ことだってあるんだから

(この女、もしかして、高度な白魔術を使うために、首輪をつけた人間から魔力を奪って何人も衰弱死させてきたの?)

 ゾッと背筋が寒くなる。

 銀髪騎士が言うには『黄色い石をつけたメンバーはほとんど変わらない』と言っていたので、魔力を大量に奪うのは青い石をつけた人間からのようだ。

(青い石をつけたメンバーが入れ替わるのは、その人達が死んだから……)

 これならサラサから出る禍々しい黒いモヤの説明がつく。