楓くんのところから逃げだしたわたしは、泣きたい気持ちをガマンしてマンションに帰った。お母さんに気づかれないようにしなきゃ。
「た、ただいまー」
リビングに向かって声をかけてから玄関をあがった。
けれど、ひとの気配がない。
靴箱の上のカレンダーを見て、今日の日付が赤丸で囲んであったことに気づく。
そういえばお母さん、今日は遅くなる日だったっけ。
お母さんがいないのは、わたしにとっては好都合だ。落ちこんでいる言い訳をしなくて済むから。自分の部屋に行って、制服のままベッドに倒れこむ。
思いだしたくもないのに、楓くんの冷たい顔が脳裏に浮かんだ。
『この程度で逃げるのか? 理子、わかってんの? あの樹もやることは同じだよ』
もちろん、わかっているつもりだった。
わたしだって恋にあこがれる女の子のひとりだもん。