樹くんはもう笑っていない。

 ジッとわたしを見つめている。

「僕の彼女になってくれるね?」

 強い意志があらわれた瞳。

 見つめられたまま見つめかえしていたら、胸がキュッとしめつけられた。



 ああ、ダメだ。

 樹くんのこと、好きなはずなのに。

 告白されてうれしかったのに。

 たったひと言がでてこない。

 どうして?



「わたし、わたし……!」



 悲しくて、やるせなくて。

 イエスともノーとも言えなかった。

 そんなためらいが伝わってしまったのだろうか。



「理子、寒いの?」

 わたしは自分がふるえていることに、このときはじめて気づいたんだ。

「ゴメン」

 樹くんは、わたしをギュッと強く抱きしめてから、からだを離した。

「雨がふってきたから、はやく帰ろう」

 わたしの手を引いて、ゆっくり歩きだす。

「そうだ、今度どこかに遊びにいこうか。楓にはないしょでね」

 どことなく弾むような、樹くんの声。

 まるでパズルのピースをひとつ、なくしてしまったみたい。

 なんだか、せつなくなってきた。