こんな経緯だったから、自分から付き合ってくれとお願いしておきながら楓は高校を卒業するまで2人のことは秘密にしてくれと樹にお願いした。
樹に関心を寄せる周囲の女子から恨まれるのが怖かったからだ。

「いいよ。もともと自分から言うつもりないし」

樹はそう約束したけど他の女子からまた告られたとき、「ゴメン、付き合っている子がいるんだ」なんて断り方をしたので、その子はもちろん、それを聞いた女子たちも驚いて、「樹に彼女ができたらしい」という話は瞬く間にウェーブとなって学年中をうねり、いったいその女は誰だと樹の彼女狩りが始まっているという噂を聞いて楓はびびった。

まさか、可愛くも頭がいいわけでもスポーツができるわけでもない、地味で、おまけに樹に興味がない風を装っていた楓が彼女だと知れたらどれだけみんなの怒りを買うことか。
女子の妬みは怖い。ハブられるのも怖い。
だから樹と付き合えることになっても一緒に下校することもできず、週末のデートは友達がいかなさそうな場所――浅草とか神田とか柴又とか――をぶらついた。

ある週末、楓は一度行ってみたかった浅草に樹を誘った。
浅草寺の雷門をくぐり、人でごったがえす仲見世通りを歩きながらふと楓は樹に今まで何人の女子から告られたのか聞いてみた。
すると「数えてないからわからないけど10人くらいかなあ」と樹がさらりと言うので、1度も告白されたことのない楓は「えっ! 作間君てそんなにモテてたの? やだ、私ったら身の程知らずな告白しちゃって」と、目を全開にして驚いた。

「楓のそういうとこ、いいな。好きだな」

頭をくしゃくしゃと樹に撫でられて、楓はそういうとこってどういうとこだかわからなかったけど、樹から“カエデ”と呼び捨てにされたことや、初めて好きといわれたことが嬉しかった。
さらに「それと作間君じゃなくて樹でいいよ」と言われ、楓は心臓の一部が溶けたんじゃないかと思うくらい熱くなった。