樹の後ろから可愛い女の子が顔をのぞかせて楓はどきりとしたが、彼女はジェームズのガールフレンドだと聞いて安心する。

「楓、今年もよろしくね」

友達と何度も交わした挨拶なのに、樹が発する言葉は特別な色を帯びて楓の心を染めていく。
10文字足らずの新年の挨拶だけで、楓は穏やかな気分で正月を過ごすことができた。


冬休みが明けて、そんな話をキャンパス内のカフェで健夫に話すと「日向さんてずいぶん省エネタイプだね。こっちも冬休みだったんだから会いに行けばよかったのに」と、湯気が立つココアをズズッとすすった。

「そんなお金ないもの。それにせっかく向こうの友達と一緒に過ごしているのに邪魔じゃない」

楓は舌が火傷するのが怖くてアツアツのカフェラテにふーふーと息を吹きかけた。

「省エネの上に控えめだなあ。美幸さんなんて押しかけようとしてたのに」
「え、やっぱり?」
「でも樹君にライン送ったら友達のところに行くから駄目だと拒否されたって怒ってた。場所も教えてもらえなかったから押しかけることもできなくてよかったね」
「よかったねって他人事のように言うけど、健夫君だって心配だったでしょ。美幸さんの彼氏じゃないの?」
「その地位にはまだついてないみたいだよ。まだまだ樹君には勝てないわけだよ。あーあ、樹君、サウジとかアフリカの秘境とかもっと遠くに、もっと長く行っちゃってくれたらよかったのに」
「やめてよ、私はどうなるのよ。そんな他力本願じゃなく健夫君が美幸さんをがっしり捕まえてよ」
「できるものならしてるってば。彼女に対する俺の努力、知っているでしょ」

知っている。
そしていくら懸命に追いかけても相手の心に届かないことがあるということも。
追いかける熱量と振り向いてもらえる確率が比例すればいいのだけれど生憎そうはいかない。
それどころか追えば追うほど逃げる、なんて無慈悲な恋愛の法則だってある。
追えば逃げる。
そうか。
楓は閃く。