彼――作間樹。

高2から同じクラスでずっと気になっていた。
いや“気になっていた”レベルだったのは最初だけで、すぐに好きになった。
とても、とても。

特に目立つタイプではない。背がうんと高いわけでも運動部で活躍しているわけでも、派手な顔でも、いつも面白いことを言って周りを笑わせるわけでもない。
どちらかというと物静かで、よく窓際の席で頬杖をついて外を眺めていた。
そしてそんな彼、作間樹を楓はいつの間にか目で追うようになっていた。

楓は樹を見ると、風に吹かれる紫色のイングリッシュラベンダーを思い浮かべる。
すっきりとした目元のせいか、まっすぐに伸びた形のよい鼻のせいか、口角を上げて結んでいる唇のせいだろうか。
全体的にさらりとした顔立ちなのに、どこかのパーツを動かした途端、妙な色気を放つ。
なんて、そんな風に感じているのは樹に心を寄せている自分くらいだろう。と、思っていた。

だけどある昼休み「作間君てなんか植物っぽい」という声が聞こえて思わず振り向くと、3人の女子が樹のことを話している。
つい振り向いた楓に「ねえ、楓もそう思わない?」と一人の女子から同意を求められ、自分の想いをそっとしておきたかった楓は「そうかなあ」とごまかした。

もうひとりの女子が「私は日本の牡鹿ぽいと思うな」と言い、確かに鹿っぽくもあるなと楓は森の中で佇む鹿を思い浮かべ、そちらの意見に賛同すると、3人目の女子が「樹君、告られたらしいよ」と、どきりとする情報をぶちまける。

「ああ、Bクラスの結構かわいい子でしょ」
「でも振ったらしいね」
「うん、そうらしい」
「振ったの?」楓は驚きながらもほっとする。
「うん、もう何人目かな。モテるよねー」というので、楓はさらに驚く。

目立たないと思っていた作間樹は、楓が知らなかっただけで実は注目され、かなりモテる男だったのだ。
なんだ。
楓は自分の秘密の宝物を取られたみたいな気分でがっかりした。

「楓はどう思う? 樹君」

うん、いいよね、と答えればいいのに、とっさについ嘘をつく。

「え、いや、別に」
「そっか、楓は男子に興味なさそうだしね」
「なんで?」
「だって男子の話、聞いたことないし」
「いつも部活に熱中してるし」
「髪短くてボーイッシュだし」

そんな理由で男子に興味がないと決めつけられても困るけど、「実は私も作間君が好きなの」と答えを急撤回することもできず「そんなことはないよ」と控えめに反論するにとどめた。