空を揺れるバイキングにとんでもない角度で急降下するジェットコースター。
高いところから水の中に飛び込むボートと可愛らしいメリーゴーランド。
キャーキャー騒ぎながらお化け屋敷を出た頃には空は濃い紫になり夕闇が近づいていた。

夏の金曜日。
仕事終わりらしきカップルも増え、観覧車の入場口には15人ほどの列ができていた。
前に並ぶカップルはまだ付き合い始めなのか言葉も少なく、これからゴンドラの小さな空間に2人だけになることに緊張しているようだった。
ふわりとした花柄の白いワンピースに、このデートにかける彼女の期待までも舞っている。
そういう楓も、ウエストがギャザーになった藍色のノースリーブのワンピースでいつもよりは気合が入っている。

樹は列の後ろに並ぶと楓のワンピースを指して「同じ色。似合っているね」と空を見上げた。
藍色の空が墨をまとい始めて夜に変わろうとしていた。

2人が乗った観覧車が高い位置まで上がったときには星が白く小さく光る星が見え、眼下にはキラキラした夜景が広がっていた。

きれい。
観覧車の小さな窓から広がる風景に引き込まれ、楓の心も広がっていく。
きれい。
楓はもう一度小さく声をもらす。

樹と楓を乗せた箱が100mの高さに上がり、樹と2人、宙に浮いている。
楓は樹に顔を戻し「観覧車に乗るの、初めてなの」と告白する。

子どもの頃に両親と行った遊園地に観覧車はなかった。
観覧車を楽しみにしていたのは私だけではなくお母さんもお父さんも、特にお父さんががっかりしていたのを覚えている。

「じゃあ僕は初めての観覧車の男ってことだね」

樹にしてはめずらしく古臭くてつまらなくて下世話な冗談を言い、そしてそんな古臭くてつまらなくて下世話な冗談にも楓は照れてしまい上手に言葉を返せない。
本当は、それこそ古臭くてよくあるパターンの観覧車の中でのキスとかあるのかもととか思っていたくせに。
楓は3回目の「きれいだね」を口にしてまた外に視線を逸らした。
それから景色に魅入っているうちに――小さな空間の中で樹と向き合っていることが恥ずかしくて外ばかり見ているうちにあっという間に15分の乗車時間は過ぎて、観覧車は地上に戻った。