話の展開でもし樹が美幸に押されてしまった場合、樹と2人で祝うはずの楓の誕生日は美幸のためのものになり、それならいっそ一人で過ごしたほうがましだ。
もしそうなったら自分は参加しないと心に決めて楓は不貞腐れた。

健夫が両手にコーヒーを2つ持って戻ってきて、1つを楓の前に置いた。
楓はいつもよりミルクと砂糖を多めに入れて乱暴にかき混ぜ、一口飲むと、目をあげて健夫に続きを促した。

「楓ちゃん、泣かないでよ」

ああ、やっぱりそうなのかと、楓はコーヒーカップの中を覗き込んだ。

力が抜けて、腹が立って、がっかりして本当に泣きそうだったから「もういいよ」と結末を聞くことを放棄した。
けれど健夫は話し続ける。

「楓が喜ぶことは僕が一番知っている。楓の誕生日は僕が祝うからいいよ。そう言ったんだって、樹君が」
「え?」

楓は顔を上げた。

「樹君、楓ちゃんのこと大切に想ってるんだなって、僕またキュンとしちゃったよ。たとえもしも他の女とバンバン寝てたとしても」
「バンバンは余計だから」
「いいなあ。僕の今宵はきっと誕生会というより、くやしさと怒りで荒れる姫の接待だな」

あーあとぼやきながら健夫は椅子の背に体を預け、腕を伸ばした。

「とりあえずお互い楽しい誕生祝いを。美幸さんにおめでとうって伝えておいて」

楓は乾杯と言ってコーヒーカップを掲げたが、健夫は口をへの字にしてわざとらしくずずずと音を立ててコーヒーをすすった。