さて、シルヴィアの言う「めーれ」とは「命令」を指す。物騒な遊びだと思うことなかれ、内容は至ってシンプルだ。

 シルヴィアを抱えたラウリが屋敷を練り歩き、すれ違った使用人たちにありがたいめーれを与えていくというだけの簡単な遊びである。

「めーれ! ここ!」
「お嬢様があなたはここで待機と仰っています」
「た、待機……とは、あの、いつまで……?」
「うり! うーり」
「すみません、期間は未定とのことです」

 待機命令を下された兵士は半泣きで「かしこまりました」と命令を受諾した。

 以前、というかめーれごっこの開催日には、必ず夜中まで待機命令を下されてしまう可哀想な犠牲者が出る。

 子供の遊びなんだから従う振りをして仕事に戻ればよいではないかと思う者もいるかもしれないが、既に上に立つ者としての資質と悪役令嬢の片鱗を併せ持つシルヴィアは、命令違反者を決して許さない。

 待機をめーれしたはずの人間がちょこっとでも視界に入れば、それはもう烈火のごとく怒る。シルヴィア渾身のギャン泣きだ。

 ゆえに過去の大変な騒ぎを目の当たりにしている使用人たちは、シルヴィアが眠りに就く夜までその場を迂闊に動くことができないのであった。

「めーれ! ここ!」
「ここ!」
「ここ」

 しかし今日は何とまぁ待機めーれが多いことか。これでは屋敷全体の仕事が回らなくなる。

 背中に突き刺さる懇願の視線がどんどん増えていく中、ラウリは超ご機嫌なシルヴィアの背を撫でた。

「お嬢様、他のめーれはしないんです? ほら、一緒にぬいぬい遊びするとか」
「うり……」
「あれ、お嬢様……お嬢様!? 寝た!? ひぃぃ俺の名前呼びながら寝ちゃった可愛い! 誰かこの悪魔みたいに可愛い天使の寝姿を絵画にしてくれ!! 金ならいくらでも払う!!」
「はいはい、ラウリさんも睡眠が足りてないようなのでねんねしてきてくださいね」

 年配の侍女に後頭部を引っ叩かれたラウリは、すんと真顔に戻ってはシルヴィアを彼女に引き渡したのだった。