哲也には二週間後に番組に生出演してもらう予定があったのでその内容についてのやりとりをする必要があった。

仕事用のメールアドレスでするやりとりは、初めて一緒に仕事をしたときとお互いに変わらない。
敬語を使って、仕事内容をわかりやすく端的にまとめて送る。

別に気まずいことがあるわけでも、話したくないから素っ気ないわけでもなく、仕事のメールなんてこんなものだと思いながら綾乃はメールを作り、また哲也の返事を読む。
それでも、いつもなら気軽に打合せと称してコン・ブリオに行っていたはずなのに、大人しくデスクに座っているのは、ちょっと調子が狂いそうになる。

先日のランチの日から一週間がたち、哲也に番組に出演してもらう日まであと一週間をきっていた。
VTRの編集や台本などを準備して日々は慌ただしく過ぎていくなかで、哲也から仕事のメールが来た。

「台本の件でご相談がありますので、今日か明日の夜、当店へお越しいただけますか。」

それは、会って話をしよう、と言ってくれているのだと綾乃はわかった。
結果的に彼を避けているみたいになっていたが、必ずしもそういうわけでもないのだが、余計なことで仕事のペースを乱されたくないのも本音だった。
余計なことというのは、例えば、彼の近くを魅力的な女性がうろついていること、などだ。

そうはいっても、台本の件で直接会って確認したい内容があるのは綾乃も同じだった。

「よし、行く」

気合を入れて綾乃はいつもより少し早い時間にオフィスを出た。

駅までの道を歩いているとショウウィンドウに自分の姿が映った。ジーンズにおなじみの白シャツ。それとスニーカー。化粧だってろくにしていない。ファンデーション代わりのクリームを塗って眉毛が描いてあるだけだ。髪の毛はさっきまで一つに纏めていたので少しだけ結び目の後がついている。あわてて手櫛で整えてみるも、どう見てもおしゃれなイタリアンレストランに行く人の姿ではない。

それでも明日も同じ時間に退勤できるかわからないし、どうせなら行くと決めた気持ちの勢いがあるほうがいい。先延ばしにすればするほど変に考えてしまいそうだったから、これでいいんだと自分に言い聞かせた。

そう、仕事の件で行くんだし、堂々とすればいい。
ノートパソコンなどの仕事道具を詰め込んだ大きなバッグを持って、綾乃はタクシーを捕まえるとコン・ブリオに急いだ。