軽いランチを終えた昼過ぎ、オルヴィエートから車で30分程の移動したところで、綾乃は人生で初めて出会う風景にはしゃいでいた。
「すごい!こんな景色見たことない!」
深呼吸をすると緑の空気が胸いっぱいに広がる気がした。
目の前にあるのはチヴィタ・ディ・バニョレージョ。
世界一美しい丘上都市と呼ばれ、建物が崩れる危機に常にさらされていることから滅びゆく運命の町とか、美しく死にゆく街と言われる。この街へアクセスするには一本の橋を渡るしかない。中世の街並みを残しているだけでなく、その陸の孤島は空に浮かぶ不思議な都市のようだ。
たとえこんなに立派に美しく存在していても、いつかは消えてしまうのは、街も人も同じだ。
「いつ見れなくなるかわからないからここへ?」
その孤高ともいえる天空の街を歩きながら綾乃は哲也に聞いた。先ほどのおいしい料理たちだって、確かにオルヴィエートならではものもだっただろう。でも、必ずここに至る理由となるほどの強さは感じられなかった。
ローザとの商談だって昨日の時点でいくらかまとまったはずだろうし、今日また会う必要はなかったはずだ。それに、どの都市にいっても魅力的な何かはあったはずだったから。
この状況一つ一つに意味を求め、理由を探していた綾乃には、物足りないほどに哲也はあっけらかんと言った。
「日帰りできて食べ物も充実していてちょうどいいかなと」
そのあまりにも単純な説明に綾乃は肩を落とす。哲也のことなのでもっと明確な理由や、複雑な思惑をめぐらしているのかと思っていたのだ。
勝手に緊張して頭を使っていた綾乃はつい空を仰ぐ。見上げた先にはただただ青い世界が広がっていた。
「気が抜けたわ」
綾乃がそう言うと、まるで中世にタイムスリップしたようなチヴィタの街で哲也が綾乃の頬に触れた。そのとき、空気が変わる。
「二人きりになりたいと思ってたのは俺だけかな?」
哲也の顔がぐっと近づく。
その甘い視線に絡めとられて綾乃はつい身を寄せるも、口先だけはどうも素直になれない。
「別に、結婚してから毎日顔を合わせていたし」
ローマの街を二人で歩きたかった、なんてことはもちろん言えなかった。
でもやっと、少しだけ素直になれそう、と綾乃が顔を上げて哲也の頬に触れようとした瞬間だった。
雰囲気を台無しにする悲鳴が、それも聞きなれた声で聞えた。
「ぎゃあああああ!」
嫌な予感がして綾乃がゆっくりと振り向くと、数十メートル後方に智香とフラヴィオと笹井マネージャーと内田圭太がいた。
「…ちょっと」
綾乃に気づかれた一同は、少しの無言ののち、笑った。彼らは喜んでいたのではない。誤魔化していたのだ。
どうやらフラヴィオと智香に揶揄われた純粋な青年の内田が悲鳴を上げていたのだった。
「あなたたち他のみんなと市街でお土産買うんじゃなかったの?!」
「いや、私たちもチヴィタに来てみたいなあって」
「オルヴィエートの珍しいワインが欲しくてつい…」
「すみません、僕もトリュフとか生ハムとか食べたくて」
「イタリア語ガイドが必要と思って付き添いマシタ~」
もはや綾乃は呆れるしかなかった。やっと新婚旅行らしい時間を過ごせたと思ったのもつかの間。ずっと彼らに監視されていて、最後は結局騒がしい旅行になってしまったのだから。
「せっかくですからみんなで写真撮りましょう!」
「イイデスネ!そこのシニョーラに頼みマショ~」
そしてこの美しい街並みで一枚、それから橋を渡って絶景を背に一枚、一同で記念写真を撮った。もはや誰が見ても完全に社員旅行だった。
もとより、このメンバーでイタリア旅行することになった時点から、新婚旅行ではなくなっていたのだ。わかっていたはずだったが、哲也と初めてのイタリアは、やっぱりちょっとだけ特別であってほしい、と思っていた。
それでも、たとえ邪魔が入ったとはいえ、半日くらいは二人で過ごせたことが唯一の新婚旅行らしい思い出だろうか。
先ほど二人で食べた生ハムやトリュフのパスタなどの写真を振り返りながら、短かいハネムーンの幸せを噛みしめていた。
「すごい!こんな景色見たことない!」
深呼吸をすると緑の空気が胸いっぱいに広がる気がした。
目の前にあるのはチヴィタ・ディ・バニョレージョ。
世界一美しい丘上都市と呼ばれ、建物が崩れる危機に常にさらされていることから滅びゆく運命の町とか、美しく死にゆく街と言われる。この街へアクセスするには一本の橋を渡るしかない。中世の街並みを残しているだけでなく、その陸の孤島は空に浮かぶ不思議な都市のようだ。
たとえこんなに立派に美しく存在していても、いつかは消えてしまうのは、街も人も同じだ。
「いつ見れなくなるかわからないからここへ?」
その孤高ともいえる天空の街を歩きながら綾乃は哲也に聞いた。先ほどのおいしい料理たちだって、確かにオルヴィエートならではものもだっただろう。でも、必ずここに至る理由となるほどの強さは感じられなかった。
ローザとの商談だって昨日の時点でいくらかまとまったはずだろうし、今日また会う必要はなかったはずだ。それに、どの都市にいっても魅力的な何かはあったはずだったから。
この状況一つ一つに意味を求め、理由を探していた綾乃には、物足りないほどに哲也はあっけらかんと言った。
「日帰りできて食べ物も充実していてちょうどいいかなと」
そのあまりにも単純な説明に綾乃は肩を落とす。哲也のことなのでもっと明確な理由や、複雑な思惑をめぐらしているのかと思っていたのだ。
勝手に緊張して頭を使っていた綾乃はつい空を仰ぐ。見上げた先にはただただ青い世界が広がっていた。
「気が抜けたわ」
綾乃がそう言うと、まるで中世にタイムスリップしたようなチヴィタの街で哲也が綾乃の頬に触れた。そのとき、空気が変わる。
「二人きりになりたいと思ってたのは俺だけかな?」
哲也の顔がぐっと近づく。
その甘い視線に絡めとられて綾乃はつい身を寄せるも、口先だけはどうも素直になれない。
「別に、結婚してから毎日顔を合わせていたし」
ローマの街を二人で歩きたかった、なんてことはもちろん言えなかった。
でもやっと、少しだけ素直になれそう、と綾乃が顔を上げて哲也の頬に触れようとした瞬間だった。
雰囲気を台無しにする悲鳴が、それも聞きなれた声で聞えた。
「ぎゃあああああ!」
嫌な予感がして綾乃がゆっくりと振り向くと、数十メートル後方に智香とフラヴィオと笹井マネージャーと内田圭太がいた。
「…ちょっと」
綾乃に気づかれた一同は、少しの無言ののち、笑った。彼らは喜んでいたのではない。誤魔化していたのだ。
どうやらフラヴィオと智香に揶揄われた純粋な青年の内田が悲鳴を上げていたのだった。
「あなたたち他のみんなと市街でお土産買うんじゃなかったの?!」
「いや、私たちもチヴィタに来てみたいなあって」
「オルヴィエートの珍しいワインが欲しくてつい…」
「すみません、僕もトリュフとか生ハムとか食べたくて」
「イタリア語ガイドが必要と思って付き添いマシタ~」
もはや綾乃は呆れるしかなかった。やっと新婚旅行らしい時間を過ごせたと思ったのもつかの間。ずっと彼らに監視されていて、最後は結局騒がしい旅行になってしまったのだから。
「せっかくですからみんなで写真撮りましょう!」
「イイデスネ!そこのシニョーラに頼みマショ~」
そしてこの美しい街並みで一枚、それから橋を渡って絶景を背に一枚、一同で記念写真を撮った。もはや誰が見ても完全に社員旅行だった。
もとより、このメンバーでイタリア旅行することになった時点から、新婚旅行ではなくなっていたのだ。わかっていたはずだったが、哲也と初めてのイタリアは、やっぱりちょっとだけ特別であってほしい、と思っていた。
それでも、たとえ邪魔が入ったとはいえ、半日くらいは二人で過ごせたことが唯一の新婚旅行らしい思い出だろうか。
先ほど二人で食べた生ハムやトリュフのパスタなどの写真を振り返りながら、短かいハネムーンの幸せを噛みしめていた。


