哲也と哲也の両親と食事をしてから10日が過ぎた夜だった。次の木曜日はコン・ブリオが定休日であり、綾乃もそれにあわせてオフにする予定でいた。

クリスマスディナーに使用するための食材の相談も兼ねて、秩父へ日帰りドライブデートをする予定だった。東京からすぐに行ける距離でも、哲也と初めて一緒に出掛ける場所はいつだって新鮮で楽しい。
畑や牧場などを見に行ったり、その土地で人気の料理を食べたりすることはただ楽しいだけでなく、綾乃の仕事にもプラスになる。
待ち合わせの日の予定を確認しながら、こんなことを、永遠に繰り返していけたらいいのに、と綾乃は思った。
今はそのデートの日が憂鬱だった。結婚や今後の話と向き合わなければいけないと思うと、とても純粋に楽しむだけのデートなんてできない。

木曜日の朝。二週間ぶりに会う哲也は変わらない笑顔で綾乃を迎えに来た。

「寝不足かい?」

助手席で口数の少ない綾乃に哲也は言った。

「ええ、牧場なんて久しぶりだから。緊張しちゃって」
「別にサファリパークを取材するわけじゃない。ちょっと乳製品の下見に行くだけさ。ランチにはおいしい蕎麦を食べよう。それからデザートには牧場のアイス。いいプランだろう?」

そう言って綾乃の頬に触れる哲也の手のひらの温かさに、綾乃はつい微笑む。いつからだろう。こんなふうに優しく笑えるようになったのは。どうしてだろう、こんなふうに臆病になってしまったのは。この手を、失いたくないと思う。

ランチに秩父の名店という蕎麦を食べ、予定通り牧場へ訪れた。自家製のチーズ数種類を味見させてもらいつつ、哲也は交渉を進める。まだ一か月以上先のクリスマスのことを考えてもう動いているのだ。それは綾乃も同じだった。担当する番組の準備は、同じようなペースで進んでいる。みんな先を見据えて行動しているのだ。今はもちろん何よりも貴重だけれども。

牧場からサンプルという名目でチーズの詰め合わせとチーズケーキをもらった。
道の駅で買った秩父のワインを一緒に飲もうと、綾乃のマンションに着いた頃、時刻はもうすっかり夜だった。

「軽くパスタでも作ろうか」

言いながら哲也は綾乃の簡素な冷蔵庫を空ける。生活感のない家とはいえ、冷凍のブロッコリーとエビ、それにチューブのにんにくくらいは常備してあった。
哲也は柔軟だ。コン・ブリオのオーナーシェフとして厨房に立つときは絶対にこんな冷凍食品もチューブの調味料も使わない。それでも今、この空間にこれだけがあれば、きちんとそれで作り上げる。もちろん自分のこだわりは大切にしているけれど、状況に応じて、綾乃に合わせることだってしてくれる。プライヴェートな空間で、今ある食材で、自分たちを満たすものを手軽に作ることだって簡単なのだ。
それは、先日の発言からも垣間見えた彼の性格だった。