都立の立派な公園を並んで歩きながら哲也は言った。

「胃薬を買ってこようか?」

そのセリフは冗談交じりだったが、哲也を心配させるような顔をしていたのだと綾乃は謝った。

「気にさせてごめんなさいね。お腹はもう大丈夫。何が出て来てもおいしくいただけるわ。ただ…」

話の続きを聞こうと哲也は立ち止まった。反対側のほうから自分たちと同年代くらいの夫婦と、小さな兄妹が賑やかに走りながら近づいてきて、通り過ぎて行った。
いつか自分と哲也もこんなふうに家庭をつくっていくと思っていた。それが一番幸せだと。

「ただ?」

言葉の続きを待つ哲也に、綾乃は大きく一呼吸すると笑って言った。

「やっぱりちょっと緊張しちゃうわよね。こんなワンピース着るような機会は普段ないもの」

それも綾乃の本心ではあったけれど、必要以上に不安は言葉にしないでおいた。
本当は、結婚する覚悟がないかもしれないという本音に蓋をして。

「緊張するような食事会じゃないよ。それにワンピースは俺が勝手に綾乃に着て欲しかっただけ。たまには綾乃のスカート姿が見たいんだよなあ」

そう言ってふざけたように哲也はにやっと、どこかいやらしい笑みを浮かべると、つい綾乃もいつもの調子に戻って頬を膨らませる。

「どうせ適当なパンツスタイルが日常ですよ」
「いじけるなよ。あれはあれでかっこよくて好きなんだ。でもこのスカートの腰のラインとかきゅっとしまった足首が見えるところとか…」

そう言って哲也が綾乃のボディラインを描くようにジェスチャーを見せたので、綾乃は顔を赤らめてしまった。

「わかったからもう!こんなところでやめてよね」

その威勢のいい口調に安心したのか哲也は目を柔らかく細めて笑った。

「その調子!元気のいいところをうちの親に見せてやって」

そう言って哲也に手を取られると、綾乃は自分の胸が弾むのを感じた。大きくて頼もしくて、それでいて繊細な料理を作り出す彼の美しい手。この手をずっと放したくない。
それは確かな感情だ。未知の世界である結婚に対して、色々な感情が沸き起こるのは当然として、哲也と一緒にいたいのは確かなのだ。

「ありがとう。あまり余計なこと考えないようにするから、サポートよろしくね」
「お任せあれ」

綾乃がそう言って哲也の腕にぎゅっとつかまると、哲也は自信満々にそう言った。