フラヴィオに出演してもらう番組では、日本人が知っているようで知らない本場のイタリア料理をテーマにした内容を予定していた。

例えばナポリタンというスパゲティはイタリアに存在しないという話は有名だが、イタリア人シェフのフラヴィオが教えてくれる本当のイタリア料理は、まさにヴェリタ…真実を意味するイタリアンレストランのオーナーシェフ出演にぴったりな企画だ。
この点はフラヴィオも喜んで受け入れてくれていた。

そして哲也との関係含め気になるところがありつつも、事前ロケはADの智香やカメラなど他スタッフたちの性格のおかげもあってスムーズに終わった、が。

「アヤノ!限定メニュー!撮りに来て!」

電話の向こうの陽気なフラヴィオの声に綾乃は無表情になる。哲也を通して連絡を取るはずが、日本語がいくらかできる彼は容赦なく綾乃を呼び出すようになったのだ。

そしてそのたびに綾乃は哲也に連絡を入れる。忙しい彼に余計な仕事を増やすのは、本当に申し訳なく思っていた。
上司と確認して、結局追加でロケの予定を入れることにする。そして綾乃は険しい顔をしたままパソコンに向かってキーボードを打っている。

「フラヴィオ・マンチーニ氏の追加取材の件」

タイトルを入力し、宛名を入れて、その手は止まる。
これだけフラヴィオが日本語ができるのなら、取材くらいは哲也なしでも対応可能なのではないか。
わからないイタリア語が出てきたら、後で翻訳なりナレーションをつけてもらうなりすればいい。
綾乃の頭にそんな考えが浮かんだ。

「チーフ、私このあと取材に行ってきます」

哲也に一緒に行ってもらうのは申し訳ないし、放送当日まで時間も限られていた。少し料理を撮るだけなら綾乃一人でも取材に行ける。
哲也には連絡を入れておけばいいか。

「今夜フラヴィオ・マンチーニ氏のヴェリタへ取材に行ってきます。イタリア語の翻訳をお願いするかもしれませんが、その際はよろしくお願いします」

そうメールを作ってみたものの、カーソルを動かして押したのは‘削除’のボタン。

気にさせるようなことをわざわざ言う必要はない。何かあればまた相談すればいい。
そう思って綾乃は急いで身支度を始めた。