写真や映像で見たことはあったが、やはり実物のオーラはすごい。
ブロンドヘアだけでなく、空気までキラキラと輝いて見えるようだ。哲也と並ぶと、タイプの違うイケメンが二人揃う感じで図としてかなりおいしいのではないか…と、はやくもテレビ放送が楽しみになる。

哲也もまたイタリア語で同じように挨拶をして、フラヴィオが向かいの席に着座する。
フラヴィオの表情はにこやかな笑顔、のはずだが、哲也に対して何か意味ありげにも見える。

「番組へのご出演ありがとうございます。」

そういって立ち上がって綾乃が初めましてを言い、名刺とともに自己紹介をすると、フラヴィオもまた立ち上がり、表情をぱっと明るくして綾乃の肩を抱いて頬にキス(正確には頬と頬をくっつけてキスをする素振り)をしてイタリア語で何かを言った。
おそらく初めましてとかよろしくとかそういう類だとは思うのだが、果たしてこれがイタリア式?と綾乃が動揺すると哲也が二人の間に入って引きはがすと、哲也が強い口調で何かを言う。フラヴィオは笑っていた。

「なんて言ったの?」

綾乃が聞くと、哲也は険しい顔をして言った。

「日本式の挨拶を知っているだろうと言った。ちなみにイタリア人でも初対面の人間にそういう挨拶はしない。覚えておくといい」

世界にはチークキスなどの挨拶をする国があることは知っていたが、どうやらフラヴィオの挨拶は過剰なものだったらしい。どこか哲也の反応を楽しんでいるようにも見えるフラヴィオはにこやかな表情をみせる。
哲也はそんな彼に鋭い視線を向けながら言った。

「ついでにこいつ、日本語けっこうできるから」
「え、そうなの?よろしくお願いします。」

綾乃が言うと、フラヴィオは笑って言った。

「コンニチハ。よろしくネ、アヤノ」

ゆっくりと話される日本語。アクセントなどにところどころ違和感はあるものの、きちんとした日本語だった。にこやかなフラヴィオよりも、気になるのは哲也だ。

「あの、今回、石崎シェフをご指名されていましたが、お二人の関係は…」

綾乃が二人の顔色をうかがいながら話しかけると、哲也が先に口を開いた。

「修行先のリストランテが一緒だったんだ」

思い出したくない、と言う表情とは反対に、それを聞いた綾乃は瞳を輝かせる。なんて素敵なエピソードなのだろうと思ったのだ。それがあれば、単なる通訳としての出演というよりは、共演として十分に成立するし、二人の修業時代のエピソードなども盛り込めば視聴者も楽しめる。思い出のレシピなどもあれば聞いてみたいものだ。

「僕が成長できたのはテツヤのおかげです」

フラヴィオはゆっくりと日本語で言った。綾乃はその理由を聞きたくて瞳を輝かせる。

「テツヤは僕を抜いて一番弟子になりマシタ。僕は悔しくて頑張りマシタ。そして今がありマス」

どこか意味ありげに笑うフラヴィオに綾乃は、どう反応したらいいのかと困惑した。

「余計な話をしないでくれ。修行先が一緒だったのは確かだ。師匠からのれん分けしてもらう話を先にもらったのも俺だった。でも断ったんだ。俺は日本で自分のやり方でやると」

まるで言い訳のような哲也の話の大方を理解したように、フラヴィオはまたにんまりと笑った。
そして二人はイタリア語で流暢に話しをする。哲也の通訳によると、また一緒に仕事できる機会を探していたのだと。自分がいかに大きく成長したかを見せたい、とのことらしい。それを聞いて綾乃は料理対決番組じゃないのだが…と思うが、そんな胸の内とは裏腹に、フラヴィオは哲也に対して一方的に闘争心を燃やしているようだった。

「とりあえず今回の番組ではシェフならではのイタリアの家庭料理を教えて欲しいんです。エピソードは豊富でもいいですが、実際に生放送で紹介していただくレシピは日本の食材で作れるような内容で」

なんとか打合せの雰囲気をまとめようと綾乃が言う。その言葉を哲也は丁寧に通訳してくれているようだった。流暢なイタリア語。時折強い口調になるのは相手が旧友だからか。専門の通訳の人がいてくれれば問題なかったかもしれないが、哲也が今、自分の隣にいてくれることがありがたく思えてたまらなかった。
しかしながら、二人の関係を知って、どこか緊張感があることもわかってしまった。

「OK。話はまとまった。事前ロケは来週。それまでにレシピ詳細を決める。通訳、翻訳は俺を頼ってくれていい。というか、俺を挟んでやり取りするように」

そういってフラヴィオと哲也は握手をして別れたが、その光景は、穏やかとは言い難かった。
漫画だったら火花が散っている状況、とでもいおうか。
できることなら修行先が同じだった頃の楽しい話だとか、お茶の間が和むようなエピソードをもらえたら、と思ったのだが、それはもはや欲張りかもしれない。

願わくば穏やかに収録が終わりますように。

綾乃はそう思いながら、フラヴィオに挨拶をした。