自分でも何を言い出すんだろうと思った。
案の定戸惑う彼女に対し、驚くほど口が回る。


「俺も助かるんです。一時的に彼女になっていただけたら」
「…自分も親から結婚しろと迫られていまして、それを交わす口実が欲しく」


話すことが苦手で、店長からもう少し話術を学べと言われている自分が、こうもスラスラ言い訳が出てくるとは。
しかも親から結婚を迫られているなんて大嘘だ。

美容師の道に進んだ俺は父から勘当されただけ。
そんな話は一度もされたことがない。

そんな大嘘をついてでも、俺は永美里に結婚してほしくなかった。
永美里が幸せになれない結婚なんて、絶対にしてほしくなかったのだ。

俺なんかが口を出す資格がないとわかっていても、体が勝手に動いてしまっていた。


「それなら、お願いしてもよろしいですか?」


永美里は少し悩んだが、互いの利害が一致していることに納得したらしい。


「九竜青人です」


名乗ったら、気づくかもしれないと思った。
しかし永美里は気づかなかった。


「じゃあ、青人さんとお呼びしますね」


それでいい。気づいてくれなくていい。
むしろ忘れたままでいてくれないか。

これは俺の単なる自己満だから。
君を助けたいという、あの時何もできなかった俺のせめてもの贖罪だから。