「OGと連絡をとりたい?」
「うん、何かいい方法はないかなと思って」
樹梨亜は豪に、二十年前から保管されていたドレスのことを話した。
「もしかしたら、ドレスを貸してくれないかと思って、お願いしてみたいんだけど」
「いい考えだと思う。卒業名簿を検索してみよう」
「そんなことができるんだ?」
「アクセスは寮内の端末に限定されてる。それと検索したという履歴が残るけど、別に不正行為じゃない」
豪はアルファタワーの四階に据え付けられた情報端末を操作する。腕のバンドをかざし、PINを入力して認証を通過する。
「何て名前だっけ、その人?」
「『藤川秋子』」
「……二十年前だと、結婚して姓が変わっているかもしれないな……」
(あ、気がつかなかった。そんな可能性もあったんだ)
樹李亜は、彼に相談してみてよかった、と、思った。
「……検索の理由は、忘れ物の処分を確認するため、と、これでいいか」
豪は入力終えると樹李亜に言った。
「多分、すぐに結果が返って来るよ。アルファの卒業生はそんなに多くないから」
「かっしー、ありがとう。それで思ったんだけどさ」
「何?」
「アルファクラスの卒業生グループに投稿して、ドレスを貸してくれる人を探せないかなと思って。誰か一人くらいはいらないドレスを持っているんじゃないかと」
「あー、それは……やめた方がいいと思う」
「何で?!」
豪は一瞬顔を曇らせた。それからとても言いにくそうに切り出した。
「……これはあんたのせいじゃないし、俺も決してそうは思っていない。でも、特にご年配の人の中には、好ましくないと思っている人もいるんだ」
「……?」
「チャリティーに出すドレスを譲ってくれと依頼するのは、いい。それと、困っている友達のためにドレスが必要なんだっていうのも、オーケー。でも、自分が着るドレスを人から貰おうってのは、まずいんだ」
「まずい?」
「……自分じゃ用意できないってことで、なんで用意できないのかってことになって……アルファクラスのメンバーは人柄よりも家柄で選ばれるべき、と思う人がいるのもまた、事実なんだ」
「あ、そう……」
分かってはいたことだけど、それでもショックだ。
樹李亜はがっくりと椅子に腰を落とした。
「言っておくけど、家柄と本人の実力とは何の関係もない。俺も同級生のみんなも、あんたがアルファクラスに来てくれて、良かったと思っている」
「そうかな……」
「あんたが来るまで、寮長ってのは暇な仕事だと思っていたんだ。でも、そうじゃなかった……」
「悪かったわね、寮生活にいちゃもんばっかりつけて」
「それさ。今まで誰も、何も言わなかったんだ」
「???」
(どういうことなのか、分からないけど……?)
樹李亜は上目遣いに豪の顔を見る。
「俺たち、わりと、今までの暮らしが、何も言わなくても何でも用意されている環境だったからさ自分から要求することをしないか、あるいは思う事があっても何も言わないクセがついていたんだ。で、あんたがやって来て、空気も読まずに、当然のようにあれこれと要求して……」
「それって、褒めてるように聞こえないけど……」
「大発見だったんだ。あ、こんな風に、必要なものは必要だって言っていいんだって」
「……」
「後から来た泉宮くんにしたって、人の目を完全に無視して好き放題にやってるし、あんなんでも許されるのかってなって……」
「確かに一楓くんは自由だと思う。鉄の心臓かと思うくらい」
「あんたも相当なもんだよ。だからさ」
豪は突然真剣な顔になった。
「……だから、アルファクラス、やめたいなんて言うなよ。あんたと一緒にいると、面白いんだ」
「うん……そうだね……色々あるけど、私ももう少し、がんばってみたい……」
言った後で、樹李亜は自分の言ったことに驚いた。
(口車に乗せられたのかな……)
「……あ、結果が返って来た」
二人は画面をのぞき込む。
表示されているデータは、
『佐倉秋子。(旧姓:藤川)』。
「やっぱり『藤川』は旧姓だったんだ。私、メールしてみる」
「ドレスの写真は撮って来た?」
「うん、あるよ。添付する」
端末に向かって樹李亜はメールを書き始める。横から豪が言った。
「CCにアルファの寮長のアドレスも入れておいて」
「了解!」
***
「メール送ったよー」
「じゃあ、電話しよう」
「電話?! 出てくれるのかな?」
「大抵、秘書が出るよ、本人に取り次いでくれるかどうかは不明……俺から電話してもいい?」
「どうぞ……」
豪は電話を耳にあてる。
電話に自信のない樹李亜は、少しだけほっとしてその横顔をみつめる。
相手の呼び出し音が鳴り、向こう側で誰かの応答する声が聞こえた。
「……初めてお電話差し上げます、私、神代学園高等部の樫村豪と申します。佐倉秋子さまの後輩で、アルファクラスの寮長をしています……」
豪が話すのを聞きながら樹李亜は思った。
(ものすごく礼儀正しい話し方だな……品がいいってのは、きっとこういうのを言うんだろうな……まるで別世界の人間みたいだ)
豪は簡潔に、かつ丁寧に用件を伝える。
「……では、秋子さまによろしくお伝えくださいませ。失礼いたします」
電話を終えた豪に樹李亜は思わず言った。
「すごいね、よく話せるね。まるで、すごく育ちのいい人みたいな話し方だった……あっ」
言ってから樹李亜は口を押えた。
(『まるで』じゃなくて、本当にこの人はいい家の出なんだった……時々忘れるけど、樫村財閥の……跡取り息子じゃないか)
樹李亜が謝ろうかと思った所で、そうするより先に豪が言った。
「慣れてるだけだ……でも、褒めてくれてありがとう」
樹李亜は思わず豪を仰ぎ見た。彼は全く気にした様子はなく、樹李亜に言った。
「佐倉さんは連絡をくれそうな雰囲気だった。でももし連絡がなかったら」
「なかったら?」
「誰か、助けになってくれそうなOGを知ってる。全員一斉はおいておいて、一人一人にコンタクトをするのはどうかな」
「いいと思う、ありがとう。……あの、かっしー」
「何?」
「いつもいつも……ありがとう」
樹李亜は豪に向かって頭を下げる。豪も頭を下げて、少しふざけてそれに応じる。
「本当に、どういたしまして」
「うん、何かいい方法はないかなと思って」
樹梨亜は豪に、二十年前から保管されていたドレスのことを話した。
「もしかしたら、ドレスを貸してくれないかと思って、お願いしてみたいんだけど」
「いい考えだと思う。卒業名簿を検索してみよう」
「そんなことができるんだ?」
「アクセスは寮内の端末に限定されてる。それと検索したという履歴が残るけど、別に不正行為じゃない」
豪はアルファタワーの四階に据え付けられた情報端末を操作する。腕のバンドをかざし、PINを入力して認証を通過する。
「何て名前だっけ、その人?」
「『藤川秋子』」
「……二十年前だと、結婚して姓が変わっているかもしれないな……」
(あ、気がつかなかった。そんな可能性もあったんだ)
樹李亜は、彼に相談してみてよかった、と、思った。
「……検索の理由は、忘れ物の処分を確認するため、と、これでいいか」
豪は入力終えると樹李亜に言った。
「多分、すぐに結果が返って来るよ。アルファの卒業生はそんなに多くないから」
「かっしー、ありがとう。それで思ったんだけどさ」
「何?」
「アルファクラスの卒業生グループに投稿して、ドレスを貸してくれる人を探せないかなと思って。誰か一人くらいはいらないドレスを持っているんじゃないかと」
「あー、それは……やめた方がいいと思う」
「何で?!」
豪は一瞬顔を曇らせた。それからとても言いにくそうに切り出した。
「……これはあんたのせいじゃないし、俺も決してそうは思っていない。でも、特にご年配の人の中には、好ましくないと思っている人もいるんだ」
「……?」
「チャリティーに出すドレスを譲ってくれと依頼するのは、いい。それと、困っている友達のためにドレスが必要なんだっていうのも、オーケー。でも、自分が着るドレスを人から貰おうってのは、まずいんだ」
「まずい?」
「……自分じゃ用意できないってことで、なんで用意できないのかってことになって……アルファクラスのメンバーは人柄よりも家柄で選ばれるべき、と思う人がいるのもまた、事実なんだ」
「あ、そう……」
分かってはいたことだけど、それでもショックだ。
樹李亜はがっくりと椅子に腰を落とした。
「言っておくけど、家柄と本人の実力とは何の関係もない。俺も同級生のみんなも、あんたがアルファクラスに来てくれて、良かったと思っている」
「そうかな……」
「あんたが来るまで、寮長ってのは暇な仕事だと思っていたんだ。でも、そうじゃなかった……」
「悪かったわね、寮生活にいちゃもんばっかりつけて」
「それさ。今まで誰も、何も言わなかったんだ」
「???」
(どういうことなのか、分からないけど……?)
樹李亜は上目遣いに豪の顔を見る。
「俺たち、わりと、今までの暮らしが、何も言わなくても何でも用意されている環境だったからさ自分から要求することをしないか、あるいは思う事があっても何も言わないクセがついていたんだ。で、あんたがやって来て、空気も読まずに、当然のようにあれこれと要求して……」
「それって、褒めてるように聞こえないけど……」
「大発見だったんだ。あ、こんな風に、必要なものは必要だって言っていいんだって」
「……」
「後から来た泉宮くんにしたって、人の目を完全に無視して好き放題にやってるし、あんなんでも許されるのかってなって……」
「確かに一楓くんは自由だと思う。鉄の心臓かと思うくらい」
「あんたも相当なもんだよ。だからさ」
豪は突然真剣な顔になった。
「……だから、アルファクラス、やめたいなんて言うなよ。あんたと一緒にいると、面白いんだ」
「うん……そうだね……色々あるけど、私ももう少し、がんばってみたい……」
言った後で、樹李亜は自分の言ったことに驚いた。
(口車に乗せられたのかな……)
「……あ、結果が返って来た」
二人は画面をのぞき込む。
表示されているデータは、
『佐倉秋子。(旧姓:藤川)』。
「やっぱり『藤川』は旧姓だったんだ。私、メールしてみる」
「ドレスの写真は撮って来た?」
「うん、あるよ。添付する」
端末に向かって樹李亜はメールを書き始める。横から豪が言った。
「CCにアルファの寮長のアドレスも入れておいて」
「了解!」
***
「メール送ったよー」
「じゃあ、電話しよう」
「電話?! 出てくれるのかな?」
「大抵、秘書が出るよ、本人に取り次いでくれるかどうかは不明……俺から電話してもいい?」
「どうぞ……」
豪は電話を耳にあてる。
電話に自信のない樹李亜は、少しだけほっとしてその横顔をみつめる。
相手の呼び出し音が鳴り、向こう側で誰かの応答する声が聞こえた。
「……初めてお電話差し上げます、私、神代学園高等部の樫村豪と申します。佐倉秋子さまの後輩で、アルファクラスの寮長をしています……」
豪が話すのを聞きながら樹李亜は思った。
(ものすごく礼儀正しい話し方だな……品がいいってのは、きっとこういうのを言うんだろうな……まるで別世界の人間みたいだ)
豪は簡潔に、かつ丁寧に用件を伝える。
「……では、秋子さまによろしくお伝えくださいませ。失礼いたします」
電話を終えた豪に樹李亜は思わず言った。
「すごいね、よく話せるね。まるで、すごく育ちのいい人みたいな話し方だった……あっ」
言ってから樹李亜は口を押えた。
(『まるで』じゃなくて、本当にこの人はいい家の出なんだった……時々忘れるけど、樫村財閥の……跡取り息子じゃないか)
樹李亜が謝ろうかと思った所で、そうするより先に豪が言った。
「慣れてるだけだ……でも、褒めてくれてありがとう」
樹李亜は思わず豪を仰ぎ見た。彼は全く気にした様子はなく、樹李亜に言った。
「佐倉さんは連絡をくれそうな雰囲気だった。でももし連絡がなかったら」
「なかったら?」
「誰か、助けになってくれそうなOGを知ってる。全員一斉はおいておいて、一人一人にコンタクトをするのはどうかな」
「いいと思う、ありがとう。……あの、かっしー」
「何?」
「いつもいつも……ありがとう」
樹李亜は豪に向かって頭を下げる。豪も頭を下げて、少しふざけてそれに応じる。
「本当に、どういたしまして」