その建物は通称『アルファタワー』。『アルファクラス』の生徒たちが暮らす六階建ての学生寮。

 一階は広々としたロビーフロア。革張りのソファーが置かれ、ぴかぴかに磨かれた床が光っている。
 樹李亜(じゅりあ)たちの姿を見つけて、フロントデスクから係員が走り寄って来た。

 真珠(まじゅ)が言った。
「荷物を預けましょう。後であなたの部屋に運ばせるわ」

 言われた通り、樹李亜(じゅりあ)は黒の大きなバックパックを預ける。これでずいぶんと身軽になった。

「ゲートにIDをかざして。あなたのIDでも、もう通れるようになっているはずよ」

 真珠(まじゅ)大和(やまと)が先に立って歩く。エレベーターホールの手間にはセキュリティゲートがある。


 神代学園の生徒は、校内で腕にスマートバンドを装着している。見た目はスポーティーなスマートウォッチ。学生証やICカードの代わりになるもので、生徒たちは時にこれを、『ID』と呼んでいる。
 『ID』は校内の個人ロッカーのカギ、情報端末や図書館利用、各種申請や受領などの本人確認で使う。
 スマートバンドには学校からのショートメッセージも着信する。でも自分たちから発信する機能はなく、その点で生徒間の評判が悪かった。


 樹李亜は、先に行った二人にならって、ゲートの読み取り部に腕のバンドをかざす。ピッという電子音がする。ゲートが閉じなかったので樹李亜はほっとした。

 さらに真珠はエレベーターパネルにも自分のIDをかざす。

「エレベーターの操作や、階段のあるエリアからフロアー部に入る時にも、全部IDが必要なの。外部との出入口はロックがかかっているから、覚えておいてね」



***

 案内された『アルファタワー』の設備は次のようなものだった。

 二、三、五階は居住エリア。中央に共用のキッチンとダイニングスペースがあり、周囲にベッドルーム。ベッドルームは基本、二人部屋。

 四階はカフェテリアと、共同作業や個人作業に集中するためのスペース。コピールームや情報検索用の端末もある。

 六階は広々としたホールと屋外テラス、ピアノのある音楽練習室。
 昼間開催のイベントは四階で、夜のパーティーは六階で、という使い分けをするらしい。


 タワーの設備の見学を終えて再び二階に戻ってくると、部屋の前に樹李亜の荷物が届けられていた。到着時に預けたバックパックと、昨日まで暮らしていた学生寮においてあった荷物まで。

「206号室。ここがあなたの部屋よ。何かあったら豪くんに相談してね。彼が寮長(ハウスマスター)だから」

 樹李亜が思わず豪の顔を見ると、豪はまた、にこりともせずにうなずいた。

 真珠がウィンクして言った。
「今月から寮長(ハウスマスター)は交代。私は去年の寮長で、今日はちょっとお手伝いをしただけ」

 大和も言った。
「僕は君のメンターになった」

 メンターというのは、個人的なコーチ役のことらしい。伝統的に一学年上の先輩生徒がつとめる。

「寮生活に限らず、何か困りごとがあれば、いつでも遠慮なく言ってください」
「はい……」

 反射的に答えながらも樹李亜は思った。
(後光がさしてるよ……こんな偉大な人に相談に行くなんて……マジか……)

 さらに真珠の一言が樹李亜に追い打ちをかける。
「来月、編入生の歓迎会をやるの。ダンスパーティーだから、楽しみにしておいてね」

(ダンスパーティー? なんだそれは……これからどうなる、私?!)