それはある十月の、晴れた日にやって来た。

「ばいばーい」
「また明日ね」

 放課後。クラスメイトと別れて帰ろうとした時、樹李亜(じゅりあ)のスマートバンドに着信があった。

『校長室まで来てください。重要なお話があります。 高等部副校長より』

(うわあ……なんだろう。成績不振で、奨学金の打ち切りとか? それか、放校にでもなるとか?)

 樹李亜(じゅりあ)は急いで校長室に向かう。



***

 校長室の前で樹李亜(じゅりあ)は深呼吸する。重厚なそのドアの向こうは、まだ入ったことがない。


「一年A組の栄田樹李亜(えいだ じゅりあ)です。呼び出しがあって来ました。」
「どうぞ、入ってください」
「失礼します」

(あれ……)

 樹李亜(じゅりあ)は首をかしげる。
 副校長先生だけでなく、校長先生までいる。

 樹李亜(じゅりあ)の通う神代学園は初等部、中等部、高等部があって、その全体の長として校長先生が一人。そして、それぞれの部門ごとに副校長先生がいる。
 なので、普段会う機会があるのは、高等部の副校長先生だけ。でも今日は、校長先生までいる。
 そして、さらに謎なのが、高等部の生徒が三人、そこにいたこどだ。

(うわお……真珠(まじゅ)さんと大和(やまと)さんだ)

 三人の内二人は、誰だかすぐに分かった。二年生の生徒の鳥羽真珠(とば まじゅ)青柴大和(あおしば やまと)。学内でも評判の美女美男カップル。
 成績優秀、容姿端麗、家柄も性格も申し分なく……とくれば、完全に在校生たちの憧れの的。

もう一人は……。

(隣のクラスの樫村豪(かしむら ごう)くんだ)

 今まで気にしたこともなかったが、こうして生徒三人が一緒に並んでいるのをみると、むしろ彼が一番……。

(うちの学年にこんなイケメンがいたのか……知らなかった)

 樹李亜がじろじろと見ていると、それに気づいて、豪が気を悪くした。

「何か?」
「あ、ごめんなさい、何でもないです……」


 副校長先生が厳かに言った。
「高等部一年の栄田樹李亜(えいだ じゅりあ)さん、成績優秀により、あなたを『アルファクラス』に推薦します」
「はい? 何ですか、それ?」

 樹李亜はすっとんきょうな声をあげた。



***

 黒塗りの自動車が、校舎の来客用玄関を出て近くの建物へ向かう。車には生徒四人が乗っている。

 助手席には大和(やまと)
 二列ある後部座席には、前の列に樹李亜と真珠(まじゅ)、最後列に(ごう)

 目的地に着くまでの五分間に、真珠(まじゅ)が『アルファクラス』について説明してくれた。

「『アルファクラス』というのはね、神代学園高等部の中でも特に選抜された生徒の集まりなの。普段は高等部の進学科や芸術科や……他の生徒たちに混じって授業を受けているけれど、『アルファクラス』の生徒だけが参加する特別な課外授業と、寮生活が特徴ね」

 課外授業というのは、例えば、ダンス、乗馬、テニス、スキー。今後、社交の場で必要になるアクティビティ。でもそれは、樹李亜にとっては未知の、上流世界の習わしで……。

「寮生活というのは? 私は今も学寮に入っているんですけど……」

 神代学園には学寮があり、希望者はそこで共同生活をしている。樹李亜もそこの寮生の一人だった。

 質問に対して、真珠は笑って答える。
「『アルファタワー』での生活は、自由で洗練された環境よ。楽しみにしていて」
「はあ……」

(どんな所なのか、全く想像がつかないぞ……)

 樹李亜はさらに質問を重ねる。
「『アルファクラス』の生徒は何人いるのですか?」
「男女合わせて、今は一年生が十人、二年生が八人、三年生が六人」

 学年が上がるごとに、人数が減っている。

「毎年二回、前期後期で試験があってね、基準に達しない生徒は退学になるの。でも、難しいことじゃないから、心配することないわ」

 退学と聞いて樹李亜はものすごく心配になった。

(頭のいい人が言う『難しくない』ってのは、あてにならないし。そもそも、私って、そこまで成績よかったんだっけ?)



 四人を乗せた車は、高級マンションのような建物の入口で止まった。そこは複数台の車が出入りできるような広い車寄せ。雨に濡れずに出入りができるよう、屋根が張り出している。

「着いたわよ」

 運転手が車のドアを開けに来て、まず大和と豪が外に出る。続いて真珠が、大和に手を取られて車を降りる。
 樹李亜が降りようとした時には、豪が手を貸してくれた。

「あ、ありがとう……」

 誰かに手をとられるなんて、初めてのことだ。
 戸惑う樹李亜。豪は無表情のまま樹李亜を見て、そしてすぐに目をそらした。