いつ受付嬢が帰っていったのか、覚えてない
かすかに遠くの方で「失礼します」ていう声が聞こえた気がするけど
でも今はそんなことはどうでもよかった
気づいたら私は一人残されていて、ポツンと通路に立っていた
思い切って顔を上げると、そこには「院長室」と書かれた扉があって、ドアの隙間から明かりが微かに漏れている
不意に耳を澄ませると、人の会話らしい声が聞こえてきて、誰かがいるのは明らかだった
その声は確かに陽生の声で、それにもう一つ、見知らぬ女の声
……婚約者
確かに受付嬢は、はっきり私にそう言った
その言葉が頭をよぎり、思わず目をぎゅっと瞑る
正直半信半疑だった
けれど、嫌な予感だけはひしひしと伝わる
どうしよう
この扉を開けるのが怖い
だけど、開けて確かめたい
どっちなの?
どうしたらいい?
伸ばそうとした手が、自分でも驚くほど震えてるのに気づく
本能が”怖い”と私に訴えかける
こんなの、私らしくない
そんなの分かってる
震える手を、胸の辺りで思わずぎゅっと握りしめた
でも、それでもやっぱり―――
閉じた瞼を、ゆっくり開けた
そして右手を伸ばすと、何とか冷静を保ちながら、そっとドアに手をかけた



