甘い体温


中に入ると、さすがに診療が終わってるだけあって、待合室には誰の姿もなく、静かでガランとしていた


テレビも付ついておらず、電気も消されていて、しーんと静まりかえった病院は何となく寂しささえ覚える


少し前を歩く受付嬢の背中を見つめながら、私もそれについて歩く


周りを見渡せば、白を基調として、壁は淡いベージュに所々濃い茶系の色がグラデーションになっていて、モノトーンで落ち着ける雰囲気になっていた


待合を抜けると、今度は少し狭い通路が真っ直ぐ奥まで伸びていて


右には診察室、左にはカウンセリング室とプレートに書かれたいくつかの部屋が用意されていた


ここに来るのは3度目ぐらいになるけれど、こんなにちゃんと病院の中を見たのは初めてだ


当たり前か


これまでここに来た時は、熱のせいで、病院の中まで気にするほど、余裕なんてあるわけなかったんだから…


ちょうど診察室の前を通り過ぎようとした、その時


ふと、目の前の背中が立ち止まるのに気づいて、私もつられるように歩みを止めた




『お疲れ様です』




その声に気づいて、前に目を向けると


たった今診察室から出てきたと思われる人と、受付嬢が挨拶を交わしていた


それに応えるように「はいお疲れ様」と声を出したのは、私の前に居る受付嬢と同じく、


白のナース服にカーディガンを羽織った30代前半ぐらいで細身の女性


優しそうな雰囲気の、ショートカットの女性だった


受付嬢の丁寧な当たり障りないその態度を見る限り、その女の方が明らかに上の立場なのだろうと、すぐに分かった


するとショートカットの女性が受付嬢の後ろにいる私に気づき、視線を向けた


その瞬間、不意に頭を下げられて、私も慌てて少しだけ頭を下げた


そんな様子に気づいた受付嬢が、私より先にすぐさま声を上げる



『あの、この方は椎名先生に頼まれ、忘れ物を届けに来てくれたみたいなんですけど』


『…先生に?』


『はい、なので今から椎名先生の所まで案内しようと思ってたんです
先生って院長室にますよね?』


『…ええ、先生なら院長室にいるはずだけど…』