甘い体温



そこにはいつものスーツ姿の陽生が、私を不思議そうに眺めながら立っていて


『え、どうしたの?』


驚いた私は、思わず瞬きを繰り返した


『は?どうしたって…仕事終わったから帰って来たんだけど?』


陽生は私の言葉に首を傾げながら傍まで歩み寄って来ると、私の隣に腰を下ろした


『え…終わったって…』


その言葉にハッとして、思い出したかのように、私はすぐさま時計を見た


『……』


そっか、いつの間にか、もうこんな時間なんだ…


ホテルの部屋に掛けられている時計の時刻を確認しながら、思わず肩の力を落とす


私、どんだけぼーっとしてたんだろ…


『大丈夫か?』


『え?』


すると、陽生が隣から心配そうに私の顔を覗きこんできた


『さっきからずっと呼んでんだけど、お前全然気づかねーし、何かあったのか?』


スーツの上着を脱ぎ、片手でネクタイを緩めながら、私に顔を近づけてくる陽生に思わずドキンと心臓がはねた



『あ…』


『あ?』


『あ~いや…えっと…別になんでもないの…ちょっと考え事してただけ』


『…考え事?』



しまった


私は口からぽろっと出てしまったた自分の言葉にすぐさま後悔した


そうだった…陽生には考え事とかそう言う言葉はタブーだった


陽生の性格上、そんな言葉を聞いたら余計気にして問い詰めてくるに違いない


ただでさえ、いつも呆れるほど心配性なのに…


けれど、そう後悔した時にはもう遅い


案の定、ますます心配そうに、陽生は私を見つめてきた


『果歩?』


『……』


そんな陽生に動揺を悟られまいと、私は必死で冷静を装った


『あ、うん、考え事っていっても別に大したことじゃないから』


『…大した事じゃないって、どう見てもそんな感じには見えなかったけど?』


『え?そう?…でも、本当に陽生が気にするほど大した事じゃないんだけど…』