天才ドクターは懐妊花嫁を滴る溺愛で抱き囲う


恋愛経験がなく男性への免疫も著しく低い羽海は、まんまとドキドキしてしまった。

その時は実際に距離も近く、わざと耳元で囁くように言われたのだから仕方ないと思えたが、一週間経った今でも思い出しては鼓動が早まり、胸がきゅっと切なくなる。

いくらあの場を収めるためだとしても、大勢の人の前で偽物の愛を告げた彗にも、嘘だとわかっているのにときめいている自分にも腹が立つ。

(前に『言い寄ってくる女もいなくなって、俺も仕事がしやすくなる』って言ってたし、モテすぎて面倒とかいう理由で私を女除けに使ってるに決まってる)

羽海は掃除道具を片付けながら、ふるふると首を振った。

(違う。そんなことよりも、今日は野間さんの手術だ)

この日、野間という四十代の男性の手術が行われていた。

重度の心不全を患っている彼は患者申出療養制度を申請し、この病院の心臓外科チームを頼って隣県の病院から転院してきた。

患者申出療養制度とは未承認薬等を使用したいと希望する困難な病気と闘う患者からの申し入れを起点とし、安全性や有効性を確認しながら治療を進めていくもので、将来的に保険適用に繋がるデータの収集も行っている。

今回の野間の場合、新しい小型の補助人工心臓を装着する手術で、これまで胸部を大きく切開するなど患者に負担がかかっていたのを、耳の後ろからケーブルを通すことで感染症のリスクも減り、今まで不可だった入浴が可能になるなどQOLが格段に向上するだろうと期待されている。