天才ドクターは懐妊花嫁を滴る溺愛で抱き囲う


以来、羽海や彗を取り巻く院内の雰囲気がガラッと変わった。

騒ぎから一週間が経つが、彗の方が気の強い羽海にベタ惚れだという噂があっという間に広がったのだ。

その時点で真実とは違うのに、さらに尾ひれと背びれ、ひげに手足までついて、原型のない話が病院中を駆け巡っている。

貴美子の見舞いに行くと彼女の耳にも入っていたらしく、「ほら、運命の人は近くにいたでしょう?」と、とても嬉しそうに微笑まれた。

彗が仁科に対して放った発言がどう捻じ曲がったのか、トイレ掃除をするとイケメンエリートと結婚できるという都市伝説まで生まれ、複数の看護師から清掃員の給料やクリーン&スマイルに求人は出ているのかなどを尋ねられた時には開いた口が塞がらず、噂などあてにならないと心底思い知った瞬間だった。

結果、嫌みを言われたり嫌がらせを受けたりすることは一切なくなり、その点だけを見ればよかったと思えるが、居心地の悪さは変わらない。

それに、羽海は怒っていた。

『愛してる、羽海』

声のトーンも、蕩けるように甘い微笑みも、頭に乗せられた手の感触まで鮮明に思い出せる。

(あんな風に至近距離で、デタラメの愛を告げるなんて!)